2010年1月13日

「東京骨灰紀行」(小沢信男著、2009年、筑摩書房)

80過ぎのご老人が下町を歩いて歴史を辿る。といっても、下町情緒をしのぶ散策本にはあらず。訪ねるのは、仕置場跡、刑場跡、墓地、記念碑、被服廠跡などなど、お題の「骨灰」にかかわるところばかりだ。東京は江戸と呼ばれていた時代を含めて人口が多い。人がたくさん生きていれば、たくさん死んでいるのも道理。東京には、おびただしい数の死体や骨灰が埋められているのである。

死体や骨灰の中には、刑死、焼死、あるいは戦死など非道な死に方をしたものも多い。とくにこの百年間には、大きな地震と大きな戦で、生きていた人が唐突に死体になることも多かった。事態の深刻さを死人の数で表すのは気が引けるが、10万人でひとくくりという扱いには粛然とさせられる。

骨灰をめぐる散策は両国で始まり両国で終わる。両国駅の南側には古い寺院が、北側には関東大震災で数万人が焼死した被服廠跡がある。通信会社のビルがそびえ立つ被服廠跡近くの記念施設には、先の戦で焼死した多くの人も祀られている。江戸時代の話題では戯作めいていた文章は、被服廠跡地に至って哀調を帯びる。大地震と戦災の死者は、歴史に回収されないリアルな記憶の領域にとどまっているのだ。

ちなみに、わたくしの祖父(父親の父親)も1945年3月10日の東京大空襲で焼死した10万人の一人である。さいわいというか、身元は特定され、遺族にお骨が届けられた。それからおよそ30年後、墓地を移すために骨壺を掘り出した。白い壺の蓋を開けると、茶褐色の骨が見え、同時に焦げたような臭いが漂った。以来、何度か火葬場でお骨を拾ったが、こんなお骨に出くわしたことはない。空襲直後の混乱のなか、十分な焼き方ができなかったのだろう。

祖父の骨についてはもう一つエピソードがある。掘り出した骨壺は、新たな墓所に運ぶ前にいったん自宅にお迎えした。しばらくして、外で水を流す音がする。と同時にあの臭いがまた漂ってきた。祖母が祖父のお骨を洗っていたのだ。その姿を見ることはためらわれた。このとき、赤い夕陽が差していたように記憶している。

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2009年12月27日

「女優 岡田茉莉子」(岡田茉莉子著、文藝春秋、2009年)

岡田茉莉子の女優デビューは1951年。爾来、第一線で活動を続け、そのキャリアは日本の戦後映画史の大半をカバーしている。したがって、自伝はおのずから戦後映画史の趣を持つ。

岡田茉莉子はサイレント期の映画俳優、岡田時彦を父にもち、一歳で死別した。高校時代のある日、たまたま観た古いサイレント映画の題名を母に告げたとき、主演俳優が父だと知らされたという。映画女優として生きる運命を象徴する有名なエピソードである。また、事実、自分の知らないところで映画女優となるきっかけになっていたという。

もちろん、夭逝した俳優の子女が映画俳優としてデビューしても、みなが映画俳優として生き続けるわけではない。たとえば、岡田茉莉子と同じ時期に出演作が多かった桑野みゆきという女優。夭逝した桑野通子の娘である。二十代半ばで結婚して引退した。女優を生き続けるには、環境や当人の資質にくわえて、本人の意志が決定的なのだ。本書によれば、岡田茉莉子はアイドル女優だった頃から「女優 岡田茉莉子」となることに努めてきたという。

さらに、吉田喜重という映画監督を伴侶に得たことが女優として生きることを強く後押ししたことは間違いない。1960年代、岡田茉莉子と吉田喜重は、女優と監督というコンビで質の高い作品を多く生みだした。この時期、ほかにも小山明子・大島渚、岩下志麻・篠田正浩という女優・監督コンビが活躍したが、夫婦による「合作」に成功作が多い点では岡田茉莉子・吉田喜重コンビがベストだろう。

本書には、撮影所や映画監督の現場の雰囲気が描かれている。これは、映画史の証言として貴重だ。たとえば、プロデューサーシステムの東宝、監督中心の松竹の撮影所の違い。あるいは、成瀬巳喜男から小津安二郎に至る多くの巨匠・名匠たちの現場の雰囲気がなまなましく感じられる。

そして、もちろん吉田喜重監督のエピソードも多く綴られている。穏やかに見える吉田善重が、ときには落胆し、ときには熱く語り、ときには精神の不調を訴えるという逸話は、監督本人は望まないだろうが、吉田喜重の映画作品を観る上では興味深い。

岡田茉莉子・吉田善重コンビの最新作は2003年の「鏡の女たち」である。これ自体が、30年ぶりのコンビ作だった。彼らより年長の本家ヌーヴェルヴァーグの監督たちはまだ旺盛に映画を撮り続けている。彼らの新作を観てみたいものだ。

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2009年11月 9日

「私が書かなかった本」(ジョージ・スタイナー著、伊藤誓他訳、みすず書房、2009年)から(2)

ジョージ・スタイナーは今年で八十歳(傘寿?)を迎えた。本書には、彼がついに書かなかった、そしてもはや書かないであろう書物の覚え書きが収められている。
中国趣味について CHINOISERIE、妬みについて INVIDIA、エロスの舌語 THE TONGUES OF EROS、ユダヤ人について ZION、学校教育を考える SCHOOL TERMS、人間と動物について ON MAN AND BEAST、論点回避 BEGGING THE QUESTION
スタイナーはユダヤ系オーストリア人の子としてパリに生まれ、米国と英国で高等教育を受けた。家庭で仏独英の三カ国語を母語として覚え、後にイタリア語も習得したという。著作は何かしら言語に関わるものが多い。 本書の白眉は第二章の「エロスの舌語」である。四つの言語における性体験から、言語と性行為とのひとかたならぬ関連を論じている。本章はこう結ばれる。
私の特権は、四つの言語を用いて、愛を語り、愛を行うことであった。それに四つの言語の間隙に置かれることもあり、時には躊躇を覚え、時には愉快なこともあった。四言語の駆使は多少とも異例な幅であろう。異性愛に限定されたために、活力あふれる領域と水底に眠るあらゆる種類の財宝に近づくことは私にはできなかった。言語行為と性行為の生成的相互関係--根源的意味の「オーラルセックス」--は、決定的に重要であるにもかかわらず、その大部分が未踏査の領域であると私は確信している。文化史と社会史、心理学と比較言語学、詩学と神経生理学、これらの観点から行われるべき探求は広範囲に及び、かつ困難を伴う。証拠が取得可能の場合でさえも、それらの証拠は逸話風でしかも印象主義的である。意味論的ドンファン主義は、踏破され探検されるのを待つ未開拓領域のままである。おそらくオルガスムスの共有とは同時通訳の行為なのであろう。それなら、開拓者にとどまるとしても、私にも何か貢献できたかもしれなかったと思う。しかし、その貢献をしたら、私の私生活で最も重要でかけがえのないものに傷をつけることになったかもしれず、やむなく断念せざるを得なかった(本章は危険域に達している)。無分別な行為もおのずと限界は心得なければならない。(p.123)
「私の私生活で最も重要でかけがえのないものに傷をつけ」ないために、この書物は書かれることがなかった。それでも、本章で紹介される四つの言語ごとのエピソードはそれぞれに危険域の生々しさをもっている。著者がエピソードを記述するにあたって、生々しい体験として回想していることが想像できるほどだ。

記憶は、いっぱんに元の体験の生々しさを失って、言語で記述された物語となって定着する。老人の昔話がよどみないのは何度も語った定番の物語となっているからだ。精神科医の中井久夫によると、元の体験の生々しさが残るのはトラウマの場合だという。ところが、性体験は、言語化されずに生々しいまま記憶される。

性体験と言語との関連はとても興味深いテーマだが、それはやはり論じるものではなく、体験するものなのだろう。

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2009年10月20日

「私が書かなかった本」(ジョージ・スタイナー著、伊藤誓他訳、みすず書房、2009年)から(1)

批評家ジョージ・スタイナーの近著「私が書かなかった本」に収められた「妬みについて」には、妬みという仄暗くかつ激烈な感情が、格調高く力強く綴られている。

どんな神話、どんな文化的原型でも、自分では理解できないまま恣意的に不利な立場に立たされるカイン的人物が登場する場合、その人物は必ずアベル的人物を捜し求めるものである。(p.66)
他のところで(『師の教え』のこと)、私は教師と生徒、師と弟子のあいだにある緊張関係の分析を試み、そこには心的な去勢が避けられないとしたことがある。師弟両人において誇りと嫉妬が同時に存在することで、その関係はある意味で矛盾に満ちたものとなる。作用しているのは、悪名高いダブルバインドである。(p.72)
親密な交際、近接した活動の場、距離はあっても同時代を生きること、これらは妬みを生む可能性がある。その際の心臓の鼓動は非情に診断が難しい。なぜならそこには愛情とともに憎悪があり、両方の血流が交じるからである。オーディ・エト・アモ[愛憎]。これらの活動は精神と感受性に関わるもので、性愛の領域にもそのままつながる。(p.76)
オックスブリッジの成績評価記号で言えば「β++」を用いて二流の頂点を表す。私がすでに暗示したように、二流の頂点にいる人が本物の存在を身に沁みて感じるとき、二流降格の苦みはもっとも強い痛みを伴う。自分の作品が外部からどんな報酬が贈られ、どんなに有用であると思われようとも、本物の生命力にはまったく及ばないと納得するときである。(p.80)
(焚刑に処せられた)チェッコは人生最後に残された洞察力と集中力の瞬間において、自分がダンテの至高の天才と名声を妬むライバル、多少とも軽蔑される同時代人であり続けたことを知る。この認識がもたらした苦悶はおそらく、少なくとも一瞬のうちは、言語に絶する激痛をもたらす差し迫った死の予感よりも、よりいっそう残酷であった。(p.83)

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2009年9月 7日

「アメリカ映画風雲録」(芝山幹郎著、朝日新聞出版)

アメリカ映画は二度面白い。一つは作品そのものが。もう一つはその製作過程が。

アメリカ映画風雲録

本書が伝える映画の製作過程は、凡百の映画以上にスリリングである。プロデューサーと監督の確執は言うに及ばず、俳優、脚本家、それに撮影監督までもが重要な役割を担う。それは筋書きのないドラマだ。しかも多くの場合はドタバタ喜劇である。我々が目にする完成された映画は、ドタバタ喜劇の末にたまたまできあがった代物なのだ。

著者が各章の見出しに掲げるのは、クリント・イーストウッド、セルジオ・レオーネ、ドン・シーゲル、ロバート・オルドリッチ、ベティ・デイヴィス、スタンリー・キューブリック、ジョージ・C・スコット、フランシス・フォード・コッポラ、サム・ペキンパー、クエンティン・タランティーノ。こうした濃厚な面々が関わった映画は、当然ながら製作過程を抜きにしてもとびきり面白い。

紹介されている映画の中では「許されざる者」(イーストウッド)、「続・夕陽のガンマン」(レオーネ)、「ワイルドバンチ」(ペキンパー)はDVDを購入したほどのお気に入りである。「続・夕陽のガンマン」はVHS版も持っている。本書を読んでから「何がジェーンに起こったか」(オルドリッチ)と「白い肌の異常な夜」(シーゲル)を観た。どちらも、心を揺さぶられる映画だった。またじつは、今までタランティーノは食わず嫌いだったが、どんどん食べてみよう。なんせ、タランティーノを紹介する章の見出しは「食べるタランティーノ」というので。

なお、本書にはときおり「(イーストウッドは)このころからフェイスリフトを始めたという説もある」といった下世話なネタが仕込まれている。これが、筋書きなき製作過程ドラマにパンチを効かせている。

本書を読んでから映画を観ても、映画を観てから本書を読んでも、二度あるいはそれ以上楽しめることは間違いない。

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2009年9月 5日

「ニッポンの思想」(佐々木敦著、講談社現代新書)

1980年代から現在に至る「ニッポンの思想」の変遷を辿る一冊である。

十年ごとに「ニッポンの思想」の代表者が掲げられている。1980年代は浅田彰、中沢新一、蓮實重彦、柄谷行人。1990年代は福田和也、宮代真司、大塚英志。そして、ゼロ年代は東浩紀の一人勝ち。

各年代は以下のように総括されている。

「八〇年代の思想」は「現状」に対して「批判的(否定的)」でした。「九〇年代の思想」は「現状」に対して「関与的(留保付きで肯定的)」だったと思います。そして「ゼロ年代の思想」は「現状」に対して「受容的(肯定的)」です。「ゼロ年代の思想」は、「世界」を「変革(更改)」しようとするのでもなく、この「世界」を「甘受」する、こう言ってよければ「受け入れる」だけです。それは「世界」も「社会」も変えもしなければ分かろうともせず、ただ「こうだったからこうなのだ」とトートロジカル(同語反復的)に頷くことから始めます。しかし、ではいったい何を始めるというのでしょうか?(p.328)

「ゼロ年代の思想」について提示された問いについては、以下のような解答が与えられている。

いうなれば東浩紀は、「世界」と「社会」の「現状」を、その絶えざる「相対化=ポストモダン化」も込みに、とりあえず「受け入れる」ことによって、「ニッポンの思想」が、三十年にも及んで、ぎったんばっこんと上がり下がりを繰り返してきた「シーソー」から、ひとり降りてみせたのだと思います。そして彼は何を始めたのか。それは一言でいうならば、「ゲームボード」の設定、より精確には「再設定」だったのだと思います。(p.321)
「再設定」された「ゲームボード」の条件は、二つあります。第一に、とにかく「勝敗」がはっきりすること、第二にそれが、何らかの具体的な「成功」と結びついていることです。(p.335)
「ゼロ年代の思想」という「ゲーム」は、もう「遊戯」ではありえず、それがどういう意味であれ、真剣な「競技」であらねばならないのです。でなくてどうしてひとは、今更わざわざ「思想」をしようなんて思うのでしょうか?(p.336)

本書で掲げられた「思想家」の中では、「八〇年代」の代表者として掲げられている蓮實重彦と柄谷行人は著作をフォローしてきた。けれども、「九〇年代」以降の「思想家」については、議論を巡らす問題に切実な関心がもてないでいる。

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2009年8月16日

「世界の10大オーケストラ」(中川右介著、幻冬舎新書)

近代史に翻弄されるオーケストラと指揮者たち。面白い読み物である。

コンサートで音楽を演奏する団体としてのオーケストラも、そこで演奏を統括する指揮者も、組織や職業として確立したのは19世紀である。西欧世界が国民国家に編成されていくのも19世紀。そして、20世紀の歴史は、国民国家を軸に大きく動くことになる。

本書で描かれる世界の10大オーケストラと指揮者たちは、第一次世界大戦、ロシア革命、ナチスの擡頭、第二次世界大戦、東西冷戦、社会主義体制の崩壊に遭遇する。指揮者たちもさることながら、オーケストラ自体がまるで生身の人間のように歴史の動きに翻弄される。

本書の記述はおもに1990年をもって終わる。

カラヤンの死とベルリンの壁崩壊、そして東欧の民主化とドイツ再統一にソ連崩壊をもって、十のオーケストラの大きな物語も終わった。(p.489)
歴史に翻弄される不幸が、また、オーケストラや指揮者の個性を生んでいたという。
個性がないのは、みんなが幸福になったからなのだ。個性あるオーケストラ、個性あるオーケストラ、個性ある指揮者が、戦争と革命の不幸な時代がもたらしたものだとしたら、それを生むためには、またも何千万もの人々が殺されなければならない。
《改行》現在のオーケストラに個性がなくても、別にいいではないか。昔のような個性を聴きたければ、過去の録音を聴けばいいのだ。そんな思いでこの本を書いてきたので、紹介したディスクは過去の演奏が中心になってしまった。(p.500)
著者には、「巨匠たちのラストコンサート」(文春新書)という好著もある。オーケストラが主人公の本書に対して、指揮者を主人公した姉妹書である。

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2009年8月10日

「「大日本帝国」崩壊 」(加藤聖文著、中公新書、2009年)

第二次世界大戦における日本の敗戦を、敗戦によって失った領土から描く。多民族国家の「帝国」が解体する過程に、「大日本帝国」の実相が浮き彫りになる。好企画である。

明治憲法下の日本は「大日本帝国」を国号としていた。当初から多民族国家を経営する意図を込めていたかどうかは定かではないが、領土拡張の結果として他民族を抱え込む「帝国」に変貌していった。最盛期の版図は、台湾、朝鮮半島、中国の一部、南洋諸島、北方諸島・樺太、東南アジア。多民族国家としての「大日本帝国」については、小熊英二の「単一民族神話の起源」と「<日本人>の境界」が網羅的な記述である。

「大日本帝国」は敗戦によって即座に崩壊した。

(玉音放送について)「この放送は、天皇が「帝国臣民」に向かって初めて直接語りかけたものであったが、語りかけた「帝国臣民」はすでに「日本人」だけになっていた。「内鮮一如」「一視同仁」といったスローガンのもとに皇民化され「帝国臣民」となっていた朝鮮人や台湾人やその他の少数民族は含まれていなかったのである。」(p.57)

また、ポツダム宣言を受諾するまでの過程についての以下の記述がある。

「聖断が下されるまでに無駄ともいえる時間を徒に費やし、原爆やソ連参戦を経なければ実現されなかったことは、近年の研究でいわれているような指導層の優柔不断や自己保身が原因といったレベルの問題なのではない。最大の原因は、天皇大権を軸としつつ実は巧妙に天皇の政治介入を排除した明治憲法体制が、天皇を補弼すべき者が国家運営の責任を放擲し、セクショナリズムのなかで利益代表者として振る舞った場合、制度的に機能麻痺が起こるという根本的な欠陥を抱えていたことにあった。」(p.54)

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2009年6月15日

「手の美術史」(森村泰昌著、二玄社、2009年)

有名絵画から手のアップばかりを収めた画集。

手の美術史

目次 PROLOGUE 「手」を語る 「手」が語る
I 手の誕生 レオナルドの素手がつかむもの
II 手の礼賛 色とりどりの「手」が開花する
III 手の破壊 カラヴァッジョの痙攣する手は地獄門を開く
IV 手の復権 日々の働く手が美しい
V プラドの手 色彩と光に溶け込む手が予兆するもの
VI 手練手管の手 きれいな手の値打ち
VII 手の変容 幸せな手、不幸な手
VIII 手の解体 手は、岩でありダイコンであり紙片である
EPILOGUE 「手」達よ!

手は顔ほどに物を言う。あるいは、顔以上に能弁である。顔が表すたんじゅんな感情よりも、手が指し示す世界の方が複雑にして豊饒なのだ。

「手」に注目すると、「顔」がじゃまになる。 こうなったらしめたものだ。
「顔」に気をとられることなく、
絵がながめられるからである
「顔」ではなく、
「手」が指し示す闇や空、水や火や樹々を見よ。
絵の世界のなんと豊富なこと。
人間の世界のなんとちっぽけなこと。(p.127)

また、絵画史は手を解体する歴史でもあった、ともいう。

画家とは描く人のことである。筆を持つ手は、なによりも大事な身体部位である。その手を現代の画家は解体してしまう。画家達は「手」を放棄したのだろうか。それともこれは、「手」の危機を訴える画家達の最後の一手なのだろうか。(p.159)

森村泰昌は、自身が登場しながら名画を再現する「セルフポートレート」活動を続けてきた。本書の冒頭でも、有名絵画の「手」がまず「セルフポートート」群からまとめて紹介されている。この「手」が顔以上によく似ていることに驚く。

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2009年3月 9日

「なぜ世界は不況に陥ったのか」(池尾和人・池田信夫、日経BP社)

なぜ世界は不況に陥ったのか 集中講義・金融危機と経済学

サブタイトルに「集中講義・金融危機と経済学」とあるとおり、現下の金融危機を、現在の経済学の常識によって分析・解説している。おもな批判対象は、不況というと反射的に財政政策を訴える政治家、官僚、ジャーナリストたち。彼らが依拠する経済学は古いケインズ主義のままであり、現在の経済学では過去のものとなっている、という。

財政政策には短期的な効果しかなく、長期的には構造調整が必要。ただし、この構造調整は、「30年間そういう課題に直面していながら、解決できなかったわけで、30年間できなかったことがこれから数年でできるとは、正直に言って思えない。」(p.229、池尾和人氏)というものである。

エピローグでは、池田信夫氏が日本の状況を解説している。内容は、氏がブログで再三訴えているもの。

リスクへのチャレンジで求められるイノベーションについてはここに講義録あり。

ほかに、本文で印象的だった箇所を引用しておく。

少なくとも、経済学の道具箱にはいろいろな道具があるということは知っておいてほしい。普通、世の中の人が思いつきそうなアイディアは全部実はあるので、経済学はこういうことを見落としているとかいう話はあり得ない(笑い)。かなり頭のいい人が思いついたようなことでも、過去何百年かの歴史の中で一度も思いつかれていないアイデアなんていうのは、人類社会にはほとんどない。かつて思いつかれたことのあるアイデアのうちで、それかりに意味のありそうなことは全部、経済学の道具箱の中にあると思っていただいた方がいい。(p.140、池尾和人氏)

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2009年2月 6日

「幻のB級! 大都映画がゆく」(本庄慧一郎著、集英社新書)

「大都映画」という映画会社があった。活動期間は、昭和2年から戦時統制で他社と合併させられた昭和17年まで。活動期間の大半で、年間製作本数が100本を越えるという多産ぶりを発揮した。そして、製作したのは徹底して娯楽作品のみ。見物料が他社より安いこともあって、大都の映画しか見ないという根強いファンが多かったという。

本書では、大都映画の創業から消滅までが、創業者の河合徳三郎のエピソードを中心に描かれる。著者は脚本家であり、大都映画を題材にした舞台作品の脚本も書いている。

それにしても、本書で描かれる大都映画の有り様は夢か幻のようだ。土建業で一家を成してから河合商会=大都映画を創業した河合徳三郎も、猛烈な量産で多忙だったにもかかわらず意気盛んだったスタッフも、そして何より大都映画の娯楽作品を熱心に支持した観客も、70年以上を経て歴史的な過去の中にある。

大都映画は、千本を越える作品を製作したにもかかわらず、現存するフィルムはごくわずかだという。娯楽映画しか作らなかった映画会社にふさわしい事実である。もっとも、現在ではアートと見なされる溝口健二や小津安二郎の作品でも、戦前期で残っているものは多くはない。

文芸は残り、映画は消滅する。この違いは流通する媒体の数量に起因する。テキストは数千部、フィルムは数十本。同じ数千人に届くものでも、媒体の数量によって残存する可能性が大きく違った。

ディジタル技術はこれを変えた。映像もディジタル情報となって、テキストと同じものになった。あるいは、すべてのディジタル情報と同じものになった。大量に複製され、雲として表現されるそこかしこに保存され、残存する可能性が高くなった。そして、見ようと思う者がすぐに見られるようになった。あるいは、なろうとしている。

テキストも映像も、作ること、人に提供することが簡単になった。そして、それは残る。人の知覚も変わる。

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2009年2月 4日

「貧民の帝都」(塩見鮮一郎著、文春新書)

東京の貧民窟と、生活困窮者を支援した養育院の成り行きをたどる書物である。

明治期の東京には貧民窟があった。代表的な地域は、四谷鮫ヶ橋、下谷万年町、芝新網、新宿南町。当時の貧しい人々の暮らしは、社会全体が底上げされた現代とは比ぶべくもない。ときおりマスコミで報じられる海外のスラムから想像するしかないだろう。

日常の暮らしも続けられなくなった生活困窮者を扶けた養育院は、財源が尽きたとき東京府議会が廃止を決議しようとした。それを制止して存続させたのは実業界の渋沢栄一だった。明治期だけでなく、高度成長期が終わる頃までは、仏教のほどこしの文化が残っていたという。著者は、近代化のはてに失われたものの大きさを慨嘆する。

「同情」とか「あわれみ」の気持ちを封じるものが近代の思想にはかくれていた。個人主義の社会を確立するためには、べたっとした温情主義をつよく批判する必要があったのかもしれない。(p.240)
これらの考えは近代の人権思想のひとつの到達点をしめしていると思うし、若年のころ、目からうろこがおちるような感動をおぼえたが、いまでは、同情・あわれみ・惻隠の情を復活させてもいいのではないかと考えはじめている。マヌーバー(策略)としか思えない「人間主義」と「平等主義」から離陸するために、もうすこし気ままに振るまえる領域をひろげる必要があるのではなかろうか。小雨がぱらつくなかでふるえている男になにがしかの援助をするのはけっしてまちがいではない。ワンカップの酒が一夜の延命にしか役に立たない対症療法にすぎなくても、そうしないよりはしたほうがいい。拒絶するかどうかはむこうの考えにまかされるから、人格の尊厳はまもられる。(p.241)

東京の貧民窟については、歴史学者、大江志乃夫の(唯一の?)小説作品「凩の時」(1985年)で知った。これは、明治41年に赤坂の歩兵連隊から兵士たちが脱営した事件を描く作品。残念ながら、単行本・文庫版ともに絶版。

明治期のルポルタージュ「日本の下層社会」と「最暗黒の東京」は岩波文庫に収められている。

なお、芝新網は以前の職場の近くにあった。ここは関東大震災で壊滅したという。低層のオフィスビルの間に飲み屋が点在する地域に、かつての貧民窟の痕跡はまったく残っていない。

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2008年9月28日

「アフリカ・レポート」(松本仁一著、岩波新書)

アフリカ諸国の実情をレポートする松本仁一氏の近著である。

カラシニコフ
「カラシニコフ」の語り部
「カラシニコフ自伝」(エレナ・ジョリー著、朝日新書)

本著で取り上げられるのは、ジンバブエと南アフリカ。かつて民族自決の輝ける星として脚光を浴びた国々である。そして、その現状は前著で「失敗国家」と呼ばれた国々と変わるところがない。

国民の仕事がない。教員の給与が払われない。警察が機能しない。為政者は私腹のみを肥やす。国民は将来への希望を持てない。さらには、為政者が国民の不満のはけ口として部族や民族の対立を煽り、ときには大規模な虐殺をも引き起こす。政府の腐敗と統治の失敗。国民の生活を守るという国家の最低限の役割が果たされていないのだ。

対立する部族が同居していること、それが植民地時代の西欧諸国の押しつけの結果であるということは、正しいかもしれない。とはいえ、世界が国民国家群によるシステムとして編成されているという圧倒的な現実の前では、まずはみずからが国民国家として存立していかなければならない。

1914年の米国映画に"The Birth of Nation"(D.W.グリフィス監督)という作品があった。邦題は「国民の創世」。西欧系の言語におけるnationは、日本語では、民族とも、国民とも、国家とも訳される。国民国家は、何らかの一体感をもった国民によって構成される。国民は、民族としてもともとあるのではなく、国民国家とともに創られるのである。B・アンダーソンは国民国家を「想像の共同体」といった。

国民の創出に躓いた国々は混乱が続く。アフリカ諸国しかり、バルカン半島しかり。国民に結実しなかった民族は、さらに微細な民族に分解を繰り返し、対立抗争を続けていく。

著者は、政府に頼らず自分たちの生活を自分たちの努力で変えていこうとする人々に目を向ける。また、「しかしアフリカ首脳の多くが本書に出てくるような状態であるとき、日本が彼ら首脳を相手とした旧態依然のアフリカ外交を続けていていいのだろうか。」(p.204)と問う。

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2008年9月22日

「中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす」(遠藤誉・著、日経BP社)

マンガ・アニメは中国語で「動漫」という。日本のマンガ・アニメは中国の若い世代に深く受容されている。同時に、反日感情も根深い。本書は、中国の若い世代が日本に対して抱くダブル・スタンダードの感情を、数多くのインタビュー、証言、ネットへの書き込みを元に生々しく描き出す。

全7章のうち、1章から4章までは、日本のマンガ・アニメが中国の若者の間で高い人気を得て、確固たる文化となっていることを伝える。日本のマンガ・アニメの素晴らしさを訴える証言の数々は面映ゆいほどだ。日本のマンガ・アニメが中国で広まった大きな要因が海賊版の普及にあること、中国政府が遅ればせながら自国製マンガ・アニメを振興しようとして不首尾に終わっていることなど、マンガ・アニメが流行した背景や影響への目配りも行き届いている。また、著者は日本のマンガ・アニメは中国の若い世代に日本の精神文化を伝え、民主主義の教科書として機能してきたと分析している。

著者が、さる政府高官から聞き取った発言が興味深い。アメリカには確固たる国家戦略があるので、アメリカ製のアニメには民主主義・人権主義・平等といった思想性と目的性が込められている。それに対して、日本のアニメにはそうした思想性と目的性がないので危機感は感じないという。マンガ・アニメの人気が高まることは民主化を生じるのではないかという著者の疑問に対しては、中国も長いスパンではかならず民主化すると答えている。そのとき選挙で選ばれるのは共産党員とは限らない、とまで。

4章までは日経BPのウェブサイトに連載された記事が元になっている。5章以降は、反日感情がテーマであり、本書の真価はここにある。

結論の一つは、中国の若者たちは、メインカルチャーとサブカルチャーのダブルスタンダードをもっているということだ。

そして、中国新人類の対日感情のダブルスタンダードとは、つまるところ、自ら選びとった「日本動漫大好き!」という民主主義的なサブカルチャー(次文化)に対する愛と、国家から施された、「反日的感情」を醸成する結果を招く愛国主義教育という社会主義的なメインカルチャー(主文化)に対する「刷り込み」とが、彼らの心の中に同時存在している、ということなのである。(p.432)

ただし、反日感情が爆発して大規模な抗議行動を引き起こすことには、中国政府は強く警戒しているという。若者たちから自発的に起きる大規模なデモが、民主化を要求する反体制的行動から革命に結びつくことを恐れるのである。2005年の大規模な反日デモは、サンフランシスコで中国政府に対して民主化促進を訴えている台湾系華僑華人を含む人権保護団体が発信源だった。『巷でささやかれていた「中国政府の陰謀」どころか、「中国政府の敵」が発した「シグナル」が、インターネットを介して中国大陸の若者たちを刺激し、「反日」デモの火元となったのである。』(p.433)

また、反日感情が剥き出しになる理由にも分析が及んでいる。それを著者は「大地のトラウマ」と名づけている。

非革命的である特定の人を選び出して「標的」とし、その人をいっせいに攻撃する。「声が大きい者が、より革命的」で、声の小さな者は、「非革命的である」として次の「標的」にされる。《中略》だから誰かが「反革命だ!売国奴だ!」と叫び始めたら、自分は「叫ぶ側」につかなければならない。しかもできるだけ「大声で」叫ばなければならない。そうしなければ、いつ自分が逆に「反革命」あるいは「売国奴」のレッテルを貼られるか、わからないからだ。そのレッテルは中国においては「社会的死刑」を意味する。(p.436)

さらに「大地のトラウマ」は為政者側にもある。《中略》こうした一連の構造を理解しておくだけで、日本人の中国への理解、そして中国人への理解は格段に深まるはずである。(p.438)

著者は1941年に長春(当時の新京)に生まれ、1953年まで中国で過ごした女性。帰国後、理論物理学の研究者となり、中国人留学生の窓口を務め、中国の大学で教鞭を執るなど、中国に深く関わり続けている。中国に対する「愛」と「愛に反するもう一つの感情」を同時に抱いているという。日本敗戦の翌年から本格化した国共内戦と、その後誕生した中華人民共和国の下で生き延びたことが、決定的なトラウマを残したとも。国共内戦では家族を餓死で失い、死体の山の上で野宿を余儀なくされ、恐怖のあまり記憶喪失となった。長春が共産党軍によって食糧封鎖され市民が数十万人餓死した事件=自分史は、「チャーズ 出口なき大地」という書物に描かれている。心を打つ書物ながら、現在は絶版である。

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2008年9月 9日

「不許可写真」(草森紳一著、文春新書)

日中戦争・太平洋戦争期、新聞写真は事前に検閲を受ける必要があった。本書は、毎日新聞大阪本社に保存されていた検閲済み写真を素材にした論考・エッセイである。

真髄は、帯に掲載された以下の一節だろう。

「不許可写真」(当時の国民は見ていない)の大半は、今日の目から見れば、一コマもののマンガである。滑稽である。なぜこんなものが不許可なのか、サッパリわからず、理由をきいて吹き出してしまう。写真を笑うのではなく、不許可の「理由」に笑うのである。」(p.77)

また、こんなくだりもある。

「当時から、日本の宣伝下手は、有名であった。ナチスや共産主義を目指すソ連の国歌宣伝は、統制が一元化され徹底している。「国家とはなにか、それは宣伝である」というところまで行っている。そもそも情報開示も情報閉鎖もないのである。写真ならば、徹底したグラフィック化(謀略)が図られる。アメリカならば、情報開示という名の閉鎖を行う。報道写真の自由を認めることにより大衆を誘導する。キャパの戦争写真は、誘導された宣伝写真ともいえる。報道写真を宣伝写真に転用しようという日本政府や軍部の魂胆は、その点からすれば、ケチすぎる。よくいえば、真面目すぎる。」(p.21)

「ナチス・プロパガンダ 絶対の宣伝」という書物をものした著者ならではの洞察だ。

草森紳一は去る三月に自宅で亡くなった。独居死である。だが、「本が崩れる」を読んだ後では、幸せな死に方に思える。

「不許可写真」には味わい深い記述がそこかしこに散らばっている。いくつか引用しておこう。

「戦争は、長大なる叙事詩の材料である。いや叙事詩そのものである。《略》二〇世紀は、映像(イメージ)の時代である。これが叙事詩を殺したともえる。しかし、この映像なるものが、言語(イメージ)そのものだとわかるのに、ずいぶんと時間がかかっている。いや、いまだってわかっているといえない。《略》しかし、カメラの発明によって、叙事詩は生まれなくなったともいえるのだ。《略》湾岸戦争は、叙事詩たりえない。とつぜん人は血を流して死に、あっというまに都市も破壊されるが、イメージ(文化情報)でしかなく(SF作家ディックのいうシミュラクルである)、空洞無化の戦争である。これを叙事詩にするのは、容易でない。」(p.60)
「死と隣り合わせで戦う兵士たちにとって厄介なのは、勝手にお腹がすく食欲、ついで勝手に精子が蓄積されていく性欲である。軍隊にとって、これらは志気にかかわる重要問題である。食欲と性欲はわかちがたく相関関係にあり、その頂点に生と死がある。戦争とは、エロティシズムの問題である。世界の戦争の裏面史は、「現地調達」の強姦史である。」(p.86)
「時代の空気とは、怖ろしいもので、死骸の写真を見ても、むごいというより、戦争はいやだと思うより、何やらこの世の桎梏から解放され、安らかな眠りについているように思えたりする。今日は、一体どのような時代なのか。」(p.143)

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2008年8月19日

「すべての経済はバブルに通じる」(小幡績著、光文社新書)

このところ何冊か目を通した金融本のなかでダントツに面白い。まず、「まえがき」から一撃を食らわされる。

ねずみ講、これが、お金が殖える理由であり、経済成長がプラスを持続するメカニズムであり、資本主義の本質なのです。(p.5)
本書は、1章でサブプライムローンの枢要を担った証券化という金融技術の本質を説き、2章と3章で著者の新語「リスクテイクバブル」を紹介する。これは、リスクをとることに皆が殺到し、リスクをとること自体がバブルになる現象だという。そして、これは金融市場に構造的に組み込まれている。原理は、ねずみ講と同じであるにもかかわらず。

ここで興味深いのは、サブプライムローンというビジネスが合理的だったことだ。サブプライムローンというと、いっぱんに、貧者向けの無理な金貸しというイメージが強いが、貸す方はもちろん、借りる方も借金を完済することは考えていなかったそうだ。すべては、住宅価格は必ず上昇するという前提によって成立していたのである。

本書の面白さは、著者が学者である以上に投資家の立場に身を置いているところにある。とくに、上海市場から各国の市場が暴落していくさまを記述する第4章から第6章は、事実の説明に終始しているにもかかわらずスリリングだ。鳥瞰的な神の高みからではなく、じっさいに大きなリスク、すなわち不安を背負って金融商品の売り買いに勤しむ投資家の心理の奥にまで踏み込んでいるからだ。

第7章でバブルの本質が総括される。

 この3度にわたるバブル終焉のプロセスにおいて、投資家の誰もが、その状況がバブルであることを認識しており、それがいつかは終焉を迎え、崩壊することも、当然、知っていたのだ。つまり、先に挙げたバブルについての一般的な認識(1)「バブルの最中はバブルと誰も気づかない」ということはあり得ないのである。(p.206)

 したがってバブルについての一般的認識(2)、
「バブルに投資することは、明らかに失敗で、後で振り返って、バブルであることに気づいていれば投資しなかったのに、と後悔する」
ということもあり得ない。バブルとわかって投資しているからだ。正確にいうと、バブルだからこそ投資しているのである。(p.207)

 ここに、バブルについての一般的認識(3)、すなわち、
「バブルは危険なものであり、賢明なプロの投資家は近づかず、素人が下手に手を出して失敗するケースばかりである。したがって、バブルの疑いがあるものには決して近づいてはいけない。」
の誤りが露呈する。真実は、投資のプロであればあるほどバブルを探し歩き、あるいは、自分でバブルを作り、そして膨らませて、そのバブルに最大限乗ろうとするのである。したがって、金融市場の参加者がプロの投資家であればあるほど、バブルは頻繁に起こり、そしてはげしく膨らみ、最後には、崩壊して、金融市場の傷は深くなるのである。(p.211)

第8章では、「リスクテイクバブル」を資本主義に構造的に組み込まれた「キャンサーキャピタリズム(癌化した資本主義)」の発現であると位置付ける。金融資本は自分を破滅させるまで自己増殖を止めないというのだ。
ここに、本来、実体経済の発展を支える存在であった金融資本が、自己増殖のために実体経済を利用するという主格逆転が起きる。そして、これが最終的には、実体経済を破壊し、金融資本自身をも破滅させる結果をもたらす。《改行》しかし、これは金融資本の自己増殖本能による宿命である。私はこれをキャンサーキャピタリズムと名づけた。《改行》キャンサーキャピタリズムは、二一世紀初頭に、まずリスクテイクバブルとして現れたが、今後も徐々に形を変えて、世界金融市場に繰り返し出現し、二一世紀を席巻するだろう。(p.224)
最後に、キャンサーキャピタリズムの病が癒えるのは既存の金融資本が一度消滅してから、という見通しが提示される。
今後、多くの識者の議論に反して、実体経済が相対的に力を持つようになり、金融資本の影響力は低下することになる可能性がある。原油高、資源高、穀物高によるインフレ危機が騒がれているが、これはモノの値段が上がっているのではなく、お金の価値が下がっているのである。これこそ、実態そのものである資源や穀物と、マネーとの価値の逆転現象であり、金融資本の価値低下、衰退を示している。これがさらに進めば、実体経済と金融資本との主客が再び逆転し、本来の姿に戻る可能性がある。(p.234)
ここで、素人考えがいくつか浮かんでくる。実体経済が資本主義の本来の姿と言いきれるのだろうか。資本主義の原動力が人間の利益追求の意欲ないし衝動であるなら、金融資本自体も資本主義に構造的に備わっているのではないか。金融資本が衰えるのは、人間の意欲が減退するときではないか。それは生物種としての人間の衰退ではないか。などなど。

そんな感想をもつのも、著者が描く投資家の心理が生々しくて面白いからだ。怖い、けれどもオりられない。利益を得るのと引き替えに味わう怖い思い、それ自体を求めているかのように見える。当方、賭けごとはたしなまないが、そんなものだろうか。金融経済は、利益追求の意欲・衝動だけではなく、怖い思い、すなわち、リスクをあえて求める人間の性向も与っているのではないかと思う。

などなど、なかなか刺激的な一冊でした。

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2008年6月30日

「世界でもっとも美しい10の科学実験」(ロバート・P・クリース著、日経BP社)

世界でもっとも「重要な」実験にあらず。もっとも「美しい」実験である。
世界でもっとも美しい10の科学実験
紹介されているのは10の実験。 著者が掲げる美しい科学実験の条件は、深さ(基本的であること)、経済性(効率的であること)、決定的であること。 そして、著者は言う。
私は本書の序文で、実験が美しいという考え方に対して二つの疑問を提起した。まず第一に、「もしも実験が美しいと言えるなら、それは実験にとって何を意味するのだろうか?」そして第二に、「もしも実験に美があるなら、それは美にとって何を意味するのだろうか?」という疑問だ。 第一の疑問に対してはこう答えよう。実験の美しさとは何であるかが理解できれば、実験には人の心を揺さぶる力があることがわかるだろう。(p.300) ... 第二の疑問に対してはこう答えよう。科学実験の美しさに気づけば、より古い伝統をもつ美の意味を蘇らせるのに役立つと。(p.302)
著者は哲学者である。美の議論は正直に言ってとっつきにくい。だが、科学実験の美しさを伝える記述は確かな科学精神に裏打ちされていて、それ自体が美しいと言える領域に達している。

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2008年6月23日

「甘粕正彦 乱心の曠野」(佐野眞一著、新潮社)

甘粕正彦の評伝である。(甘粕正彦の人物についてはこちら)

甘粕については、1975年に角田房子が「甘粕大尉」というすぐれた評伝を上梓している。30数年後に著された本書は、「甘粕大尉」がカバーしていない資料を数多く参照している。その極めつけは、大杉栄・伊藤野枝・橘宗一の検屍報告書。甘粕が他人の罪を被ったという従来からの定説を裏付けるものだ。

さらに本書を特徴づけるのは、関係者への徹底的な聞き取りである。能う限りの関係者すべてにアプローチしたとおぼしい。大杉事件で甘粕と共に有罪判決を受けた下士官たちまで追っているのには驚いた。

大杉事件から80余年、甘粕の死からも60余年。直接の関係者はもちろん、その子供の代もそろそろ物故する頃合いである。証言には記憶違いや、聞き伝えの誤りや、こうあって欲しいという無意識の改変が加わっている。複数の証言の食い違いをたどっていると、事実を再現することよりも、物語が生まれる過程の方を面白く思ってしまう。

そして、甘粕正彦という人物が語り継がれるに足る人物だったことは間違いない。

じつは、わたしも甘粕の関係者に会ったことがある。20数年前、満州映画協会を大学の卒業論文のテーマに選んだからだ。甘粕を冷ややかに語った左翼崩れの映画屋(カツドウ屋)。「甘粕先生は立派な人だった」と語った甘粕の最後の秘書。どちらの語りも、甘粕の人となりのかけらくらいは伝えていたのだろう。甘粕の記憶を40年間抱え続けた人にとっての真実のかけらを。

人の記憶は、生々しい体験から、言葉によって記述される物語に変わることによって定着するという。ましてや、言葉にされなければ、個人の記憶を越えてできごとが語り継がれることはない。歴史はヒストリー、物語はストーリー。フランス語ならどちらもイストワールである

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2008年5月14日

「カラシニコフ自伝」(エレナ・ジョリー著、朝日新書)

ミハイル・カラシニコフはソ連・ロシアの銃器設計者。自動小銃(突撃銃)AKシリーズを設計した人物である。彼の手になるAKシリーズ(AK47、AKM、AK74)は旧共産圏各国で採用された。それだけでなく、世界各地の紛争で必ずお目にかかる。紛争当事者の双方がAKシリーズを手にして闘っているのもごく当たり前の光景である。

軍用銃でいちばん重要な性能は、泥や砂にまみれても、極寒でも酷暑でも、いざというとき必ず使える(撃てる)こと、すなわち信頼性である。AKシリーズは、非正規軍の方々からも、命を託すことができる道具として絶大な信用を得ているのだ。

AKシリーズについては、ジャーナリスト松本仁一の著作「カラシニコフ(正・続)」がくわしい。紛争国の実態を報告するだけでなく、カラシニコフ本人へのインタビューも掲載されている。おかげで、カラシニコフの人物像や、AK47誕生の経緯を知ることができた。
Sub specie aeterni: 「カラシニコフ」の語り部

ところが、カラシニコフには松本仁一に語っていない過去があった。それも、きわめつけの過去を。1930年代、ソ連では「富農撲滅運動」が展開され、多くの農民が処刑され、あるいはシベリア流刑で過酷な生活を強いられた。カラシニコフの家族もシベリアに送られ、その上、彼は流刑地から脱走していたのである。銃器設計者として名誉を得、ソ連最高会議の代議員に選出された後も、彼はその過去を隠し続けた。ゴルバチョフのペレストロイカ・グラスノチを経て人生の最後のステージに入ったとき、やっと封印を解いて過去を明かしたのだ。

松本仁一の「カラシニコフ(正・続)」を読んでから本書に接すると、じつに感慨深い。ご本人はもっと感慨深いだろう。新聞の書評で本書を取り上げ、短いスペースの中で驚きと嘆息を表していた。

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2008年4月13日

住宅建築家

中村好文という人は住宅を専門にする建築家。

「普段着の住宅術」(王国社)
「住宅読本」(新潮社)
「意中の建築(上・下)」(新潮社)

いずれも住宅を主題としたエッセイ。著者が心惹かれる建築と著者の作品が併せて紹介されている。いずれも住み心地がよさそうだ。そして、それを紹介する文章の読み心地も極上だ。

暖かく余裕のある語り口は、池内紀にも通じる。あわてずにゆったりと読むのにふさわしい。

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2008年2月26日

「帝国の条件」(橋本 努 著、弘文堂)

「帝国の条件 ......自由を育む秩序の原理」(橋本 努 著、弘文堂)の「帝国」は、ネグリ/ハートの著作「帝国」のそれである。

本書は、まずテロ事件前に書かれた「帝国」と様相が異なってきた現在の帝国状況を思想的に分析し、そこから「善き帝国秩序(<帝国>)にふさわしい思想理念を紡ぎだしていく。

「超保守主義」、「全能人間」、そして「自生化主義」。これが本書で論じられる新たな思想理念である。これらの理念はあまりにも唐突で、グロテスクであるようにみえるかもしれない。しかし私は新たな思想理念の提起を通じて、最終的には善き世界の秩序構想へ向けて、具体的かつ魅力的な政策案を導きたいと考えている。新たな思想理念がなければ、数多にある可能的世界のなかから、理想の世界像を紡ぎだすことはできないであろう。(p.6)

そして、この思想理念に基づいた具体的施策として「トービン税」(為替取引税)と「自生化主義の正義による理想の関税構想」が論じられる。

総じてネグリ/ハートの「帝国」より論旨は腑に落ちる。とくに状況分析は面白い。ところが、著者の提示する具体的な施策には現実感や実効性が感じられない。あとがきで著者がいう「若い読者」と同じように「50年の構想」をつかみ切れないのだろう。残念ながら若い読者ではないので50年先の未来を実際に見ることもできないようだ。

なお、正義の概念そのものよりも、望ましい制度を企てるための政治技術的な可能性を論じるべきだ、という記述のあとに妙に記憶に残る一節があった。

性善説的な発想と覚めた現実認識のあいだに架橋しうる構想を企てる必要がある。政治理論家はアポローンの神を信じ、現実の政治家はディオニソスと結託するというのは、望ましい役割分担ではない。むしろ理論にディオニソスの意義をもたせ、現実のなかにアポローンの神を降り立たせることが、自生化主義にふさわしい企てであるように思われる。(p.438)

理論にディオニソスを、現実にアポロンを。これはいい。

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2008年1月14日

「国家・個人・宗教 」(稲垣久和著、講談社現代新書)

筆者の問題意識は以下にある。

そうではなく、「公と私の二元論」を脱却することなのである。私と公の間に、私から公へと媒介していく公共性を形成するということである。そのとき宗教やスピリチュアリティ(霊性)はどういう役割を果たすべきか。あるいは果たさざるべきであろうか。(p.16)

「公共」は「公」と捉えられることが多い。それに対して著者は断固として反対する。

ほとんど区別されて使われていないのだが、何よりも「公」と「公共」とは違う。大雑把に言えば「公」はお上ないしは国家、「公共」は市民。この区別をはっきりさせて、公と私の二元論ではなく、公と私と公共の三元論を導入し、現在進行している事態をはっきり把握すること。(p.17)

公共性は「友愛に基づいた市民的エートス」であるという。著者が公共性の形成で重視するのは、宗教とスピリチュアリティである。

このようなスピリチュアリティは国家から一元的に強制される公民宗教とはまったく異なる。あくまでも「自立した個人」としての自発性を重んじ、「よき社会」を作るためのエートスとなるものだ。スピリチュアリティは国家ではなく、市民社会の方に働いてこそ意味がある。(p.213)

締めくくりは今後の展望である。

まずは私たち市民が、自らの生活世界に根を張りつつ、生のニーズの解決を工夫して立ち上げ、そこに行政すなわち地方自治体や国家は、権力装置としてでなく福祉装置として機能して、補完の役割を果たすような仕組みを作っていく。統治から自治へ、そして市民と行政が協働する共治へ、と。このような公共性を担うために、市民がお互いに学びあいつつ市民社会を形成すること、そのことが、今後のわれわれが取り組むべき喫緊の課題ではないだろうか。 それは私たち一人ひとりの自覚から始まるのである。(p.214)

ヨーロッパ地方自治憲章の「近接と補完の原理」を思い出す。これを支える精神(著者のいうエートス)が公共性であることは間違いないだろう。

ただし、公共性の形成にスピリチュアリティと宗教が必要というところには疑問が残る。まず、宗教そのものが手段としてはあまり手強い。薬にもなれば毒にもなる。毒については著者が太平洋戦争前の公民宗教たる皇民教育の害を述べている通りである。そして、著者が主張する「宗教全般を学校教育で多元的に扱う」という手法だけで公共性を形成するまでに至るのか。このあたりの説得力が弱い。

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「日本の10大新宗教」(島田裕巳著、幻冬舎新書)

日本の新宗教の成り立ちと現況を手短に伝えている。

それぞれの新宗教全般に関する見解は「おわりに」にまとめられている。

新宗教とカルトとを明確に区別することは難しいものの、その教団が過度に終末論を強調し、世の終わりが近いという予言をもとに信者を集めていたり、多額の献金を集めている場合には、反社会的な行動に出る危険性が高まっていると考えることができる。そうした点を指標として、教団の社会性、あるいは反社会性を評価することはできるだろう。(p.209)

新宗教がその勢力を拡大するのは、社会が混乱した状況や過渡期にあるときで、とくに経済発展が著しいときに伸びていく。その点で、現在の状況は、新宗教が活況を呈するものにはなっていない。高度経済成長の時代に勢力を拡大した教団も、信仰をいかに下の世代に継承していくかで苦労している。(p.211)

そして、結論はこうだ。

これからどのような新宗教が生まれ、その勢力を拡大していくのか。それは、日本の社会がどの変化していくかにかかっている。新宗教に集まってくるのは、その時代の大きな流れについていくことができなかったり、社会のあり方に不満をもっている人々である。社会が変われば、不満の中身も変わるし、どういった人間が不満をもつかも変わる。その点で、新宗教は時代を映す鏡としての性格を持っている。その鏡に何が映るのか。私たちは新宗教のこれからを見つめていかなければならないのである。(p.213)

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2008年1月12日

「数学する精神」(加藤文元著、中公新書)

本書のサブタイトルは「正しさの創造、美しさの発見」である。

この「人間と数学との関わり」というのが、この本を通して流れる最も重要なテーマである。そしてその際重要なキーワードが数学の「正しさ」と「美しさ」である。(はじめに v)

「人間と数学」という主要テーマと緊密に絡み合いながら、この本の内容の底流として密かに流れるテーマが数学の「具体的」側面と「抽象的」側面というディコトミー(二分法)である。(はじめに vii)

このように、数学上の記号には意味が不可欠であり、意味が記号を生き生きとさせる。その生き生きとした生命の源に人間がいる以上それは(程度の差こそあれ)何らかの具体性を持つことになる。まさに数学における記号とは、具体と抽象の狭間にある生きた言葉である。(はじめに viii)

事例として、パスカルの三角形、二項展開、組み合わせの数の関連が数章にわたって紹介されている。それぞれ独立した3つのものが、計算過程や法則の「パターン」において同一であるという展開はスリリングだ。それは続く章でさらに深い議論に導かれる。

その意味で、まさに記号としての数式は、いわゆる「作動しつつある言語」という側面を多分にもっている。それはすでに語られた意味のみならず、未だ決して語られたことのない意味を常にわき出させているのである。美しい数式が、たとえ証明されてしまっても、いつまでも人に神秘的な印象を与え続けるのも、そんなところに理由があるのではないだろうか。その意味で、数にしろ空間にしろ、その「肉」とでも言うべきものからどの部分を「見える」ものとして切り出してくるか、つまり一つの「理念」として昇華させるか、ということが人間が行う数学行為というものの意義や芸術性を決める重要な要素なのだろうと思われる。(p.208)

人間が恣意的に決めた形式的な体系が、人間の恣意を越えて途方もない深みや美しさをもつ。あるいは、人智に出でて人智を越えた実在となる。面白い。

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2007年12月31日

「モテたい理由 男の受難・女の業」(赤坂真理著、講談社現代新書)

本書は、男女論と戦後日本論という2つのテーマが接ぎ木されている。

男女論は女の「モテ」という価値観の分析が中心だ。それを「女の業」と捉え、女性誌の記事から分析していく。分析のスタンスが男にフェア、というか、好意的であるところが目新しい。「オタクと恋愛至上主義女とは、同じことの逆をしていて、鏡像とも言うべき関係なのだ」(p.50)など。

戦後日本論は第1章の冒頭で提示され、しばらく男女論が続いたあと、終章でふたたび展開される。

社会が戦争を「考えてもいけない」禁止原理主義をとれば、男の価値は下落していく。古今東西、男の価値を究極的に担保してきたのは戦争だったからだ。いい悪いではない。そういうものだ。男の共同体における価値はそこから発生したものである。(p.8)

終章「戦争とアメリカと私」は、アメリカに敗れた事実を隠蔽してきた戦後日本のねじれを、アメリカに留学した経験のある著者の自分史に引き寄せて語っている。

私は、戦争を内化して語らない親を見て育った。そして「植民地宗主国」で適応に失敗してしまい、戦争と敗戦を内化してしまった。身体が成長するときに摂ったものが決定的に血肉となってしまい、それを取り除くことができない。
これは日本人そのものの姿であるように私には思えるのだ。
<中略>
それは日本でごくふつうの状況になってしまっているが、人間にとってかなり異常で苦しいことだ。何百万人もの命が失われその屍の上に繁栄(今でもそれなりの)を築き、それが公然の秘密となっているということは。(p.221)

軽妙・的確な男女論と屈託に満ちた戦後日本論=自分史。不思議な読後感。けれども、印象的。

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2007年12月24日

「天皇の日本史」(武光誠・著、平凡社新書)

腰巻きにこうある。

権威と聖性、そして呪性−。天皇はなぜ、その地位を保ち続けたか?日本史最大の謎に挑む!

古代、院政期、平氏政権、鎌倉時代、南北朝・室町時代、安土・桃山、江戸時代。それぞれの時代における朝廷・皇室と時の権力者の関わりが記述される。記述レベルは高校の日本史の教科書と大差なく、「日本史最大の謎に挑む!」という腰巻きの惹句は肩すかし。

とはいえ、読中・読後に思いついたことがあった。

まず、時の権力者が皇室の権威に依拠しつつ皇室を存続させてきたのは、存続していることそれ自体が力になっているからである。存続、力の強化、存続という循環は、まさに「継続は力なり」。

そして、「継続は力なり」が可能であり続けたのは、文化を根本的に異にする外敵に侵略・支配されたことがないからである。これは柄谷行人がどこかで言っていたことの受け売り。

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2007年10月27日

「健全なる精神」(呉智英著、双葉社)

「健全なる精神」(呉智英著、双葉社)は以下の一節が印象的だ。帯にも引用されている。


おそらく日本中で私一人が、団塊の世代のはしりであり、全共闘体験もある私一人が、差別は正しいと言っている。差別は正しい、差別と闘うのが正しいのと同じくらい正しい、と。人類が目指すべきは「差別もある明るい社会」である。差別さえない暗黒社会にしてはならない、と。私は団塊の世代の一人として、時代に対する責任感から、そう言い続けてきたのである。(p.26)

呉智英の主張は、最初の著作「封建主義、その論理と情熱」からブレがない。

呉智英の「封建主義、その論理と情熱」と平岡正明・上杉清文の対談集「どーもすいません」は、いずれも1981年に刊行されている。この二つの著作から受けた学恩は計り知れない。学恩というと大げさだけど。

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2007年4月11日

右翼と左翼

「右翼と左翼」(浅羽 通明 著、幻冬舎新書)で一番感心したのは、フランス革命後十年間の勢力移行チャート(p.67)である。まさに、議会の左翼から右翼へと勢力が移行していく。

この頃の右翼と左翼のものさしは一次元である。

「歴史が進歩している」「その進歩は『自由』『平等』の実現をいう」とする考え方を前提に、その「進歩」をより先取りしようとする立場が「左」「左翼」で、押しとどめようとする立場が「右」「右翼」。(p.100)

それに対して、戦後日本の対立軸は複雑だ。経済的統制、政治的統制、文化的・社会的統制のそれぞれの強弱だけでなく、外交・安全保障における「日米同盟中心/中立/日ソ同盟」の鼎立、軍事における「外国軍駐留/非武装/軍事的自立」の鼎立が加わるのだ。(p.222)

とはいえ、現実の組み合わせは限られている。文化軸上の「右」と「日米同盟」「外国軍駐留」もしくは「軍事的自立」のセットを採るのが保守与党、文化軸上の「左」と「非武装」「中立」をセットとしたのが野党と知識人とマスコミの多く、という。

そして、著者の評価は戦後日本の「左」「右」いずれに対しても厳しい。

社会主義、共産主義を唱えながら、そのための犠牲は厭う「左」と、ナショナリズムは叫ぶが、やはりそのための犠牲は避けたい「右」が補完し合いつつ、全国民的な政策合意であった「経済成長」へ邁進していった戦後日本。それは、「右」「左」が、それぞれ核としてもっていたはずの「正義」を喪失してゆき、体制の一機関と化してゆくプロセスだったといえましょう。(p.187)

では、これから何を目指すべきか。壮大な構想が唐突に投げ出されて本書は終わる。

近代以前の宗教や思想をそのまま復興すべきだとはいえません。科学技術、殊に交通と通信の驚異的発展、生産力の膨張、また「自由」「平等」を実現させていった結果である、大衆社会、帝国主義、共産主義、ファシズムなどの歴史的経験、これら明暗交錯する蓄積を繰りこみ、新たな千年紀を費やすかやもしれぬ普遍的思想(宗教)を構築してゆくべし。こうならざるを得ないのでしょう。(p.244)

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2007年3月19日

国家と宗教

「国家と宗教」(保坂 俊司 著、光文社新書)は、キリスト教、イスラーム、仏教、そして神道という宗教が、国家・政治といかなる関わりをもったかを論じる。

日本では政教を分離することが当たり前だと考えてしまう。だが、イスラームを信仰する国々では政教一致が原則であるし、あるいは、イラク戦争を始めとするアメリカ合衆国のふるまいはピューリタン的な宗教意識に裏付けられている。

宗教的正義感と熱狂に支えられたピューリタン革命によってもたらされたものが、近代社会の原形であるとすれば、我々がいう近代社会の背後には、極めて強いキリスト教内の一種の改革派であるピューリタン的な宗教世界があることは明白である。...つまり我々は、このピューリタン的な精神によって形成された社会を近代社会と呼び、それを理想的社会、合理的で、脱宗教的な社会と捉えているが、その源には狂信的ともいえる宗教意識があったということを忘れてはならない。...そして、ここに政治と宗教が密接に関わるというセム的伝統の存在を知ることができる。(p.37)

本書は面白い問題をいくつか提起している。

大乗仏教の発展は、非インド系信者(僧侶も含めて)とその思想に負うところが大きかった、としても不自然ではない。つまり、外来の民族がインドに定着する時の社会的な要請において、仏教、特に大乗仏教に特有な普遍性を彼らが求めた、という面もあったということである。だからこそ、大乗仏教はバラモン教から見て辺境な地で隆盛した、ということはいえるのではないだろうか。(p.132)
日本の仏教研究の多くは、インド的な要素にできうるかぎり還元しようとするインド純血主義であり、またその仏教、特に大乗がインド(西・西北)から中央アジアを経て中国、朝鮮、日本等とつらなる開放形の構図を無意識下に前提としており、それが、仏教の日本への東漸の事実を、必然的事実と感じさせる一種の日本人の深層に潜む民族主義的な思考と共鳴し合い、インド仏教に日本的な研究視点を形成しているように筆者には思える。(p.133)
このような視点、つまり分明としての仏教の受容と定着という視点から仏教の受容や展開を見ると、また異なった情況が見えてくる。...仏教が単なる精神論ではなく、文明としての広がりを持っていた事が分かる。(p.163)
昨今、近代社会への反省が唱えられているが、その中で天皇と仏教との関係を正面から論ずることはあまりなされていないように思われる。しかし、真に日本の伝統をふまえて近代を考えるならば、天皇と仏教の関係を、従来のように及び腰に検討するのではなく、より積極的に論じてゆくべきであろう。(p.188)
《明治初期の廃仏毀釈について》しかし、このような宗教弾圧、言い換えれば文化伝統の破壊の行為について、その宗教史的な意味を考察し、あるいは他の地域との比較検討によって明らかにしようとする研究は、決して多くはない。ましてや、こうした歴史的現実の宗教と政治が究極的に不可分となるレヴェルでの考察、つまり筆者のいう宗教的ナショナリズムの視点、さらには文明論の立場からの分析は稀である。...しかも、この現象は実に、仏教という普遍宗教(文明)が、神道という民俗宗教によって排除されるという、インド、中国、朝鮮、そして日本に共通に見られる現象である、という視点は文明論独自のものであろう。(p.190)

著者があとがきで述べるように、いずれの論点も提起のみで終わっている。これらの論点を文明論として展開するには相当の剛腕が必要だろう。なお、文章が生硬なのが気になる。

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2007年3月11日

異国を楽しむ

「異国を楽しむ」(池内 紀 著、中公新書)を読むと、異国の街を闊歩したときのことが生々しくよみがえる。ついでに、ここ数年異国に行っていないことを思い出して、やおら旅に心が向かう。

池内紀は、重い訳業の世評が高い。たとえばゲーテやカフカ。一方で、軽いエッセイの巧者でもある。重い訳業は手強くてなかなか立ち向かえないけれど、軽いエッセイは力みがなくて心地よく楽しい。

池内紀のエッセイ集はたくさん出版されている。それをオンライン書店で一気に買い集めたりはしない。書店でたまたまめぐり会ったときが読みどきだから。

「異国を楽しむ」を読み終えたら、唐突に旅のチャンスが到来した。じっくりと計画を練ることにしよう。

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2007年3月 4日

満鉄全史

「満鉄全史 『国策会社の全貌』」(加藤聖文 著、講談社選書メチエ)は、中国東北部に日本が設立した鉄道会社「満鉄」(南満州鉄道株式会社)の通史である。

本書の主張は一貫している。

「満州支配は何ら統一された意思も構想もないまま、さまざまな矛盾を抱えながら進められ、そして破綻していったのである」(p.13)という記述にあるように、「国策」で設置された満鉄が、時の政治勢力の駆け引きの中で一貫した方針がないまま「無策」で運営され続けた、というものである。

欧米列強に対して後発的に国民国家を形成した日本は、台湾・朝鮮・満州という植民地を抱えてからは後発的な帝国主義国として振る舞わなければならなかった。四十年にわたる満鉄の歴史に一貫性がないとしたら、それは日本が帝国主義国として成熟していなかった事実を示している。

日本にも「植民地学」という学問分野があった。小熊英二「<日本人>の境界」に述べられているこの学問分野は、現実の植民地経営にはまったく連動していなかったという。蓮實重彦・柄谷行人・浅田彰「近代日本の批評」では、「植民地学」が流行った大正時代は、現実と遊離した抽象的な言説が主流だったと述べられている。

満鉄経営・満州経営に一貫性がなかったという本書の主張は基本的に肯える。ただ、もし一貫性をもって経営されていたらどうなっていたのか、あるいは一貫性をもってどのように運営されるべきだったのかは、著者に問うてみたいところである。

欧米の植民地は満鉄が消滅してから短時間の間に独立した。後発的な帝国主義国は、植民地を失うことについては先駆的だったのである。

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アルバムの家

「アルバムの家」(女性建築技術者の会 著/三省堂)では、33人の女性建築家たちが自分の育った家と暮らしを語っている。なにより面白いのは、間取り図が付いていることだ。この間取り図が、それぞれの家の暮らしぶりを想像するよい手がかりになっている。

紹介される家と暮らしはさまざまだ。農家、商家、サラリーマン世帯。この中で商家、とくに町屋の暮らしは馴染みがなく、とても面白かった。表通りに面した狭い間口に深い奥行き。表と裏の間には通り庭が貫通していて、ときには近所の人びとの通路となる。

いにしえの暮らしの話は面白い。もちろん、柳田国男や宮本常一が描く近代以前の日本人の暮らしぶりも面白いが、本書が描く昭和20年代から50年代は自分の幼少期とも重なり、ぐっと身近に感じられる。電化製品の普及、子供部屋の独立など、人びとの暮らしぶりが大きく変わった時期であり、こうした通説を現場の体験談として確認することもできる。

だが、本書でもっとも印象的なのは、次の二カ所だった。

義母は晩年、病院で「うちに帰る」とよく言っていました。「うち」とは娘時代を過ごしたところでした。友人知人のお母様も同じようなことを言っていたと聞きます。 帰りたい家とは建物のことだけではなく、その時代や家族関係に帰りたいのです。年老いた女の人にとって一番良い時代とは娘時代なのだなと妙に納得させられます。(p.132)
(取り壊し間近の家を久しぶりに訪れて)ところが、歩いて5分先にあるはずの家はなく、あったのはただの老朽化したあばら屋でした。こんな家にプライドを持たせていた母の力に驚くと共に、住まいというものは、どんな家であっても、人がしっかりと生活することによって息吹くものだと痛感した瞬間でした。(p.244)

家は、そこに住む人と固く結びついている。家は、建てただけでは家ではなく、人が住んで生活してはじめて家となるのだ。民家の廃屋を見るときに感じる悲しさは、そこに住む人がいないこと、さらには、そこに住んだ人の痕跡が残っていることに由来するのだろう。

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2007年1月24日

都築響一「バブルの肖像」

第二次大戦後、アメリカがいちばん元気だったのは1950年代から60年代前半である。この頃のアメリカのテレビドラマが伝える生活習慣は、後進国、もとい、敗戦国国民の憧憬の対象であり、目標であった。

翻って、日本がいちばん元気だったのはいつか?

昭和30年代は、貧しいながらも未来への希望があったと回想されることが多い。建造中の東京タワーが主人公に据えられた映画もそんな気分を示していた。

とはいえ、多くの日本人が何かに憑かれたようにカネを使いまくったのが1980年代後半だったというのもまた一つの事実である。昭和30年代の活気を称揚する人びとからは、1980年代の豊かさは表面的であり、かつ、かりそめだったと指弾されるにしても。

都築響一は「バブルの肖像」(株式会社アスペクト)のあとがきにこう記す。

「もう二度とはこないであろうあの日々。それは思い返せばかならずしも不愉快な日々では、冷や汗にまみれた悪夢ではなかったかもしれない。<改行>だれもが夢におぼれ、欲に踊ったあの懐かしくも遠い日々を、奇想天外な冒険として振り返る、これはうれし恥ずかしのグラフィック・ヒストリーである。」

この書物に紹介されるのは「ボジョレー・ヌーボー」や「クリスマスイブのシティホテル」や「ティファニーのオープンハート」や「NTT株」といった、いじましい風俗だけではない。泡沫的なテーマパークや、F1サーキット、果てはエンパイヤステートビルにまで投資した超弩級のカネの亡者たちも登場する。そして、筆者は、後者に対してノスタルジーだけでなく、畏敬の念を抱いている。

「長いことお金持ちたちと取材でつきあってきて、つくづく感じるのは、大金というものにはそれ自体、暴力の匂いがするってことだ。人がふつうに汗水垂らして稼ぐことができるのとはケタがちがう額のカネには、常に何か不穏な空気がつきまとう。だからいつでもカネは最強の麻薬なのだ。そして麻薬は最後にはかならず負けるゲームだ。」

「カネを稼ぐのは保身だろうが、カネをスるのは快楽である。『この好況がいつまでも続くと信じた甘さ』がバブルを招いたとはよく言われることだが(あとになって講釈を垂れるのはいつも簡単だ)、ほんとにそれだけだったろうか。この先には崖が待っているとわかっていながら、さらにアクセルを踏んでしまう。その快楽の純度こそが、バブルを踊ったよろこびの根源にあったとは言えまいか。」

ところで、新潟にもバブルのお大尽がいた。柏崎トルコ村、新潟ロシア村、さらには県外の富士ガリバー王国(オウム真理教のサティアン撤退後に開設され2001年に閉園)は、いずれも新潟中央銀行が出資していたのだという。筆者は言う。

「いまはなき『日本の外国』と『不況のときこそ投資をするんだ!』と最後まで強気の姿勢を崩さなかった、超ワンマン頭取のエンドレス脳内バブルに、この場を借りて合掌しておきたい。」
『日本の外国』のみならず、それに出資した銀行もいまはこの世にない。

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2007年1月 9日

中井久夫「樹をみつめて」

「樹をみつめて」(中井久夫著、みすず書房)に印象的な一節があった。

『戦争と平和というが、両者は決して対照的概念ではない。前者は進行してゆく「過程」であり、平和はゆらぎを持つが「状態」である。一般に「過程」は理解しやすく、ヴィヴィッドな、あるいは論理的な語りになる。これに対して「状態」は多面的で、名づけがたく、語りにくく、つかみどころがない。』

戦争はプロジェクトである。勝利というゴールを、一定期間内に、有限のリソースを使って達成する。「プロジェクトX」という番組が成立するように、その過程は明確な輪郭を持った物語となるだろう。思えば、我が国の高度成長期は、成長という最終ゴールを追求する数多のプロジェクトの連続であり、別種の戦争の継続状態ではなかったのか。平和という状態が定常化したのは、この二十年くらいではないか。名づけにくく、語りにくく、つかみどころのない平和が続いているのは。

ただ、中井久夫はこうも語る。

『クラゼヴィッツ型の戦争とは(一)外交目的を果たすもう一つの手段であり、(二)正規軍同士が決戦によって勝敗を決し(直接的アプローチ)、(三)短期で終結し、勝利側に有利であるが合理性を逸脱しない講話締結で終わる。<改行>しかし、これらの条件は稀にしか満たしえない。クラゼヴィッツ型戦争は理想型であり、実は願望思考の産物であるから、実際に経験する戦争は、このモデルからみれば多かれ少なかれ「堕落した戦争」ということになる。』

平和に倦んでくると、戦争への願望が生まれてくる。しかし、「堕落した戦争」はかならず泥沼化する。名づけにくく、語りにくく、つかみどころのない状態としての平和を維持するのは、とても難しいことなのだ。

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2006年10月10日

幻の東京赤煉瓦駅

「幻の東京赤煉瓦駅」(中西隆紀著、平凡社新書)という題名を見て、東京駅の来歴を語る書物だと勘違いした。おりしも、東京駅は、爆撃で破壊された応急処置の姿から、辰野金吾のオリジナル設計に復元する工事が進められている。

本書が扱う話題は東京駅にとどまらない。

いまはなき万世橋駅と有楽町駅。そして、芝の台地から駿河台(お茶の水)の台地をつなぐ高架線。東京駅を中心とした一連の赤煉瓦の大型構造物が取り上げられ、これらが帝都の偉容を体現するために計画的に建造されたことを伝える。

この地域は東京を周回する環状鉄道を完成するのに最後まで残された区間だった。西の長距離電車のターミナルは新橋、北の長距離電車のターミナルは上野。この間のミッシングリンクがつながらない限り、環状線はミッシングリン*グ*のままだったのである。田園地帯だった新宿や渋谷と違い、この地域が江戸時代以来の商業・住宅地域だったことが、鉄道の敷設を遅らせた理由である。

今は皇居と呼ばれている江戸城は、台地の外れの海岸に位置していた。中央区の大部分は、海岸を埋め立てて作られた平地である。鉄道による商業地域の分断を回避するために建造された赤煉瓦の高架は、芝と駿河台の台地を同じ高さでつなぐことによって、この地域が元は海だったことを控えめに示してもいる。

高架線と東京駅はいまも現役である。有楽町駅は赤煉瓦の駅舎の痕跡をまったく留めていないが、万世橋駅は、いまも神田駅とお茶の水駅の間の高架に遺構を認めることができる。

本書では、万世橋駅については、とりわけ多くの紙幅が割かれている。遺構は、人の記憶を留めもするのだ。

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2006年5月24日

悲劇週間 SEMANA TRAGICA

「悲劇週間」(矢作俊彦著、文藝春秋社)の主人公は詩人の堀口大學である。

この本、矢作俊彦の新著ということで数ヶ月前に購入したが、厚さにひるんで手が出ずにいた。主人公が堀口大學とはつゆ知らず、その後、「月光とピエロ」(愛蔵版)を書店で見かけて購入していた。本書を読み始めて、偶然の一致に驚くばかり。

さて、本書は帯に曰く「恋と詩と革命の超大作ロマン」である。堀口大學の父親は日本最初の外交官であり、メキシコ赴任中に20歳でぶらぶらしていた息子を呼び寄せた。それはちょうどメキシコ革命の時期。ここに、恋物語を合わせた物語の構造は、成長小説=ビルドゥングスロマンといえるだろう。

登場人物の中には、明治維新=戊辰戦争やパリコミューンの記憶を引きずっている者がいる。メキシコ革命を含めて、いずれも国民国家形成期の内戦である。こうした内戦は、後世から見れば国民国家が成立するまでのささやかな軋みに過ぎないだろう。国民国家の成立は、世界で同時に発生した歴史の必然だったのだと。

そこに生身の人間がいたことを本書は生き生きと描く。戦いに加わり、あるいは、巻き込まれた人びとがいたことを。

それにしても、矢作俊彦の小説のヒロインたちは、みな気高く堂々としている。理想なのだろうな、きっと。

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2006年5月14日

自由と社会的抑圧

「自由と社会的抑圧」(シモーヌ・ヴェイユ著、冨原眞弓訳、岩波文庫)は、ヴェイユ25歳の著作である。

マルクス主義を批判する舌鋒は鋭い。マルクス主義への宗教的情熱が霧散した現在でこそ、読むに値する。マルクスをマルクス主義から切り離して再評価する柄谷行人の試みともつながっている。ただ、工場労働を抑圧と捉える認識は1930年代という時代を表している。もちろん、工場労働者が悲惨な生活を送っていたのは事実だったのだろうけど。

ヴェイユはほかに「重力と恩寵」を読んだことがある。本書と同じく、真剣すぎて息が詰まりそうだった。「カイエ」を全巻読む元気は湧いてこない。

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2006年5月 9日

スペイン巡礼史

『スペイン巡礼史 「地の果ての聖地」を辿る』(関 哲行著、講談社現代新書)は、中近世ヨーロッパ人の「信仰の社会史」を描く。舞台はスペイン西北にある巡礼の聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラである。

土俗的な信仰を土台にし、反イスラム・反ユダヤの拠点として政策的にカトリックの聖地が形成された過程が面白い。ちなみに、あたくし、このサンティアゴ・デ・コンポステーラには三度行ったことがあり、合計8泊している。もちろん、巡礼ではなく仕事ではあるが、親しみはもっている。そこが舞台になっているだけでこの本は買いである。

この街はスペインとは思えない湿潤な気候で、タクシーの運転手によると年に200日も雨が降るそうだ。ケルトの伝統が残っていて、街の公民館からバグパイプを練習する音が響いていたことを思い出す。

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2006年5月 8日

世界共和国へ

「世界共和国へ −資本=ネーション=国家を超えて」(柄谷行人著、岩波新書)は、柄谷行人のさいきんの主張をいっぱん向けにまとめている。

著者のあとがきに曰く、「(「トランスクリティーク」などについて)ただ私の不満は、それが専門家にしか通じないような著作だという点にあった。このような仕事をするかたわら、いつも私は自分の考えの核心を、普通の読者が読んで理解できるようなものにしたいと望んでいた。というのも、私の考えていることは、アカデミックであるよりも、緊急かつ切実な問題にかかわっているからだ。」

資本(資本制生産・交換)、ネーション、国家のもつれ合いを、三位一体ならぬボロメオの環として原理的に把握する。このあたりの分析は例によって犀利、かつ、スリリングである。

著者の緊急かつ切実な問題とは、世界共和国の創出である。カントに即して曰く、「では、どのように国家に対抗すればよいのでしょうか。その内部から否定していくだけでは、国家を揚棄することはできない。国家は他の国家に対して存在するからです。われわれに可能なのは、各国で軍事的主権を徐々に国際連合に譲渡するように働きかけ、それによって国際連合を強化・再編成するということです。たとえば、日本の憲法第九条における戦争放棄とは、軍事的主権を国際連合に譲渡するものです。各国でこのように主権の放棄がなされる以外に、諸国家を揚棄する方法はありません。」

犀利な現実分析と、いささか空想的な処方箋とのギャップ。もちろん、統整的理念ならぬ、構成的理念を唱えるのは必要なことなのだろうけど。

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2006年5月 1日

道元、自己・時間・世界はどのように成立するのか

「道元、自己・時間・世界はどのように成立するのか」(頼住光子著、NHK出版)は、道元の「正法眼蔵」のテキストを、現代の哲学の文脈に即して読み解いていく。

人間は、混沌とした感覚与件を言語によって分節し、整然としたスタティックな世界を構成していること。修行によって言語未分化の領域に立ち入り、そこから戻ってくるときに世界を再構成すること。こうした主題は、20年前の丸山圭三郎の一連の著作を思い出す。また、修行によって言語未分化領域に立ち入ることは宗教的な神秘体験といえるが、これは井筒俊彦の著作で描かれていた。

丸山圭三郎も、井筒俊彦も、すでに鬼籍に入って久しい。

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2006年4月29日

「悪所」の民俗誌

『「悪所」の民族誌、色町・芝居町のトポロジー』(沖浦和光著、文春新書)は、江戸期に栄える色町・芝居町の成立を、平安期から辿っていく。白拍子、遊女、出雲阿国、役者などが登場し、被差別部落とのかかわりも描かれる。

「花街 異空間の都市史」は明治期以降の花町の成立事情を伝えていた。本書はその前史に相当する。「花町」が都市文化史の冷静な記述に終始するのに対し、本書はきわめて文学的、ないしはロマンチックである。民衆史観的なロマンと、性愛への強い関心にあふれているというか。

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2006年2月25日

花街 異空間の都市史

「花街 異空間の都市史」(加藤政洋、朝日選書)は、近代の都市が形成される過程で花街が大きな役割を果たしていたことを訴える。

花街というと遊郭を思い出す。井上章一の名著「愛の空間」でも、両者は截然と区画されていなかった。だが、本書の著者は両者は明確に分かれるという。娼妓を抱えるのが遊郭で、芸妓を抱えるのが花街である。両者が重なるケースは多く見られるが、本書の研究対象はあくまで花街であるという。

花街は、置屋、料亭、待合という三つの業種から構成され、いっぱんに三業と言われる。

著者の主張は、花街が都市形成の諸局面において町の発展をなす動因として利用された産業=場所であること、そして、それが都市の建設と土地の用途にまつわる人びとの政治的・経済的・社会的な思惑を反映しつつ創出された空間であること、につきる。花街は明治期以降の所産である。昭和初期にいたるまで、じつに全国600箇所に誕生したという。近世=江戸時代的な芸事の伝統を継承しつつも、近代特有の空間なのである。

本書はこうした過程を全国各地の事例から明らかにする。

花街は昭和前期から衰退し、現在では往事の姿はほとんど残っていない。この疑問については、終章でかんたんに触れられる。曰く、芸や遊興のシステムが、安直な遊興を求める風潮と乖離し、時代遅れとなってしまったと。

著者が終章で認めるとおり、本書は文献資料をベースとしており、そこに集まる男の証言は多少引用されるものの、そこにいた女の証言はほとんどない。そこが物足りない。過去の事物は、文献資料に記録されなければ、存在していたことすら留めることはできない。

自分の記憶を辿ってみる。1980年代まで山手線の沿線では五反田と大塚に「三業地」という地名が残っていた。また、渋谷の道玄坂(円山町)から神泉に向かう途中に三業会館という木造二階建ての建物があった。昼間、その建物から三味線の音が響いていた。今にして思えば、芸者の芸が伝承される習いの場だったのだろう。先日読んだ新聞記事によると、円山町には待合いがまだ2軒営業しているという。

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2006年2月 5日

単一民族神話の起源

「単一民族神話の起源」は小熊英二の最初の著作である。

「単一民族神話の起源」は464ページ、次の「<日本人>の境界」は792ページ、そして「<民主>と<愛国>」は968ページに達している。厚さを増すとともに、内容の熱さも増している。

本書は修士論文を元に1995年に出版された。後の著作で深掘りされるテーマの大半が、荒削りながらすでに提示されている。

以下に引用する箇所は、小熊英二の立ち位置と資質を明確に示しているだろう。

【だが、このように公然と帝国主義・軍国主義という言葉を使い、異民族は権力で支配しろといいきれるほど、ほとんどの国体論者は冷徹にも自覚的にもなれなかった。くりかえすが、天皇統治を権力支配でないと強弁するのが、国体論の根本である。たいがいの人間は、自分が悪をなしているという自覚のもとに断固として行動できるほど、強くもなければ自律的でもない。善をなしているという主観のもとにおいてのみ、人間は相手の痛みに対しかぎりなく無感覚に、無反省になれるのである。帝国内異民族の位置づけとしては、もっとソフトなものが必要であった。】(p.142)

(高群逸枝について)
【アナーキストの詩人がなぜ古代史研究に入ったのかは、一つの謎である。ただ一般論として、人は現在に疲れ絶望したとき、未来か過去に望みをかける。そして、この場合、未来と過去は不可分だ。なぜなら、未来を占うには現在がどのように形成されてきたか、すなわち過去を知らなくてはならない。そして往々にして、未来の改革は、過去に実在したとされる黄金時代の復古というかたちで行われる。フランス革命のジャコバン派が古代共和制の復活を夢み、明治維新が王政復古のスローガンのもと遂行され、あらゆる近代国民国家が太古からの正統性を唱えて建国し、共産主義さえもが原始共産制社会を想定したように。そして高群もまた、人為的道徳に束縛されない女性解放の理想像を、古代史のなかにみいだしていった。】(p.188)

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2006年1月21日

本が崩れる

草森紳一の「随筆 本が崩れる」(文春新書)は、偏屈なジジイの好エッセイである。

タイトルの「本が崩れる」は、出版業界が衰退しているだの、好著が減っただの、装丁の質が落ちただのといった気の抜けたぼやきではなく、きわめて散文的な事実である。文字通り、積み上げた書物の山が崩れ落ちるのだ。

著者の住まいは、本であふれている。床に平積みした本の山が、最低限度の生活空間や仕事空間を除いて家中に充満している。本の山はときどき崩れ落ちる。著者の不注意で崩すこともあれば、自然に崩れることもある。ひとたび崩れ出すと、一つの山だけでなく他の山も連鎖して、ときには部屋中の本が崩れ落ちる。

こうなると、本と生きる生活は命がけである。枕元の本の山が著者を襲うこともあれば、風呂場の出入り口が塞って閉じこめられることもある。

読書家や愛書家ではこうはならない。著者はもの書きである。しかも、著者の執筆スタイルは、取材ではなく本をベースにする。自分の本を書くために、他人の本を必要とする。自分の本の内容を充実させようとする情熱が、家中を他人の本で充満させることになってしまう。生きるために本を集めているはずなのに、本のために生きているがごとき有様である。もちろん、著者は、これを嘆きもしなければ、誇りもしない。そこがいい。

草森紳一のほかの著作を読んだことはない。そういえば、「ナチスプロパガンダ 絶対の宣伝」という本の新聞広告を切り抜いて取っておいたことがある。30年近く前の頃のことである。

本書は、このような崩れ落ちる本の山との格闘から、少年の頃の野球や、喫煙習慣に話題が及ぶ。

いずれも、偏屈でありながら、飄々とした風情が好ましい。

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2005年1月29日

処刑電流

「処刑電流 エジソン、電流戦争と電気椅子の発明」(リチャード・モラン著、岩館葉子訳、みすず書房)を読んだ。「処刑電流」という題名はきわどいが、電気椅子の誕生の顛末を描く生真面目な研究書である。

電気椅子の誕生には、電力業界のライバル2社の対立が深く関わっていた。両社を率いるのは、発明王エジソンと、実業家のウェスチングハウスである。エジソンは直流を、ウェスチングハウスは交流を採用していた。現在の送電システムが交流を採用しているとおり、電気椅子が誕生する頃には交流の優位性が明らかになりつつあった。エジソンは、交流に負のイメージを与えるために、電気椅子に交流を採用させたという。

電気椅子によって最初に処刑された人物の、事件記録、裁判記録、そして処刑場面も詳細に紹介されている。

19世紀は、犯罪と刑罰のありようが変貌を遂げた時期であった。死刑は、お祭りの気分を伴った公開のイベントだったが、電気椅子が採用された時期から、非公開で執行されるようになった。ミシェル・フーコーの「監獄の誕生」が描くように、犯罪の重大さに応じて、刑罰としての拘束期間の長短が計量され、最高レベルの刑罰として死刑が位置付けられたのである。

なお、死刑の執行が、殺人以外のなにものでもないことが、つよく印象づけられる。死刑の廃止、死刑を前提とした捜査・裁判制度の改正など、世の議論はさまざまだが、まず、この一点だけは明確に意識しなければならない。

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2005年1月24日

日本の自立

「日本の自立 対米協調とアジア外交」(北岡伸一著、中央公論社)を読んだ。

著者は外交史研究者である。国民国家(群)から世界システムが構成されていること、さらに米国がそこで主導権を握っていること。この二つを大きな前提として、政治と外交を論じる。スタンスはきわだって現実的であり、かつての自分なら、反発を覚えないではいられなかっただろう。

だが、「カラシニコフ」に描かれるような、国民国家すら成立していない地域の悲惨さを想起すれば、圧倒的な現実としての世界システムを所与とし、その中でよりマシな政治と外交を求めるのはまっとうな発想ではある。

なお、著者は、昨年、大学教授を辞して国連次席大使に赴任している。言行は一致している。俳優の内藤剛史に似ていると思うが、誰も同意してくれない。

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2005年1月 9日

カラシニコフ

「カラシニコフ」(松本仁一著、朝日新聞社、2004) を読んだ。

朝日新聞に2004年に掲載された連載記事を書籍化している。連載中も気になっていた。

カラシニコフとは、旧ソ連で設計された自動小銃AKシリーズのことである。ソ連だけでなく旧東側諸国で生産され、世界の紛争地では必ず目にする。頑丈で故障が少ないので、アメリカ、ドイツ、ベルギーで作られた自動小銃より信頼されているという。

本書には、紛争が続くアフリカの諸国のレポートと、AKシリーズの設計者、カラシニコフ氏へのインタビューが掲げられている。

イマニュエル・ウォーラースタインが唱えるところの世界システムとは、独立した国民国家群で構成される経済・社会的なシステムである。本書は、国家として世界地図上で区分されているものの、国民国家として実質的に機能していない失敗国家の実態を報告する。そして、こうした失敗国家が、国民にどれだけ過酷な生活を強いるかが繰り返し描かれる。

アメリカ合衆国を帝国と仰ぐグローバリズムだのグローバルスタンダードは、資源産地としても市場としても価値が低く、また、テロの温床としての危険も少ない地域は、まったく相手にしていない。そんな、忘れ去られた地域の生活は、暴力と略奪と飢えにあふれ、何より、将来への希望がまったくない。

世界の夜景を示す衛星写真がある。それを人口密度に対する明るさの比で示したものが以下に掲げられている。
「街の灯」(hirax.net)

衛星写真はあたかも神の視点のようだが、地上の生活を想像してみると、なんだか切ない。

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2005年1月 1日

新・正体不明

赤瀬川原平の「新・正体不明」(東京書籍)を読んだ。いや、写真+文章なので、観て読んだ、というか。

前作「正体不明」はちょうど十年前だった。町中の珍妙な物件を写真と文章で紹介する趣向は基本的に変わらない。ただ、ご本人の後書きにあるように、十年前は物件そのものへの興味が先行していたが、今回はその細部に興味が移行している。結果として伝わるのは、雰囲気やたたずまい、すなわち風情とでもよぶべき領域である。

老人になるなら、こんな境地に達したいものである。

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間違ったさよなら

矢作俊彦の「THE WRONG GOODBYE ロング・グッドバイ」を読んだ。

この作家は、世の事物が急速に安易に変わっていくことに対して、ずっと違和感を呈してきた。ハードボイルド小説でそれを声高に語ると、スノビッシュの謗りは免れない。だが、昨年の「ららら科學の子」は見事だった。1960年代末に中華人民共和国に渡って農村に下放されていた男が、二十一世紀を迎えてから日本に戻ってきたときに感じる違和感こそ、この作家が本領を発揮する場面である。

本作は、レイモンド・チャンドラーの「長い別れ」をベースにしているという。そんな本歌取りは別として、「間違ったさよなら」が様々な登場人物(ハードボイルド小説の通例に従って、ストーリーは錯綜としている)によって語られるのが味わい深い。幼少時に両親と死に別れた女性バイオリニストは、「誰かにちょっとさよならを言うだけで、もう二度と会えないような気がするの」と言う。現役を引退した元刑事は、「しかし、また今度でも何でもいい、別れも言わずにいなくなられるのは、いくつになってもたまらないさ」と語る。

ストーリー本体も「間違ったさよなら」を中心に展開する。矢作俊彦の熱心な読者以外には薦めにくいけど、面白く読み通すことができた。

なお、探偵(刑事)の主人公が、作中で何度も気を失うのも、この種の小説の通例である。

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2004年1月17日

LENI RIEFENSTAHL FIVE LIVES

レニ・リーフェンシュタールの生涯を写真で紹介する書物である。(TASCHEN, 2000)

レニ・リーフェンシュタールが、100年を超える生涯に、ダンサー、女優、映画監督、写真家、ダイバー(兼写真家)の5つの人生を送ったというのがタイトルの含意である。レニ・リーフェンシュタールは昨年102歳で亡くなったが、本書の出版には写真の選択などで協力したという。

レニ・リーフェンシュタールはナチスと深い関わりをもった映画監督として有名だが、女優、写真家、ダイバー(兼写真家)としても豊かな才能を持っていたことがうかがえる。いずれも過酷な環境条件下での仕事という点も見逃せない。女優時代はアーノルド・ファンク監督の山岳映画というジャンルで活躍したが、撮影現場は零下数十度の山上や氷河である。写真家としてはヌバ族を撮影するために現地で生活し、ダイバーとしては深海に潜水している。ダイビングを始めたのは70過ぎだ。長寿を支える身体が頑健だったことは確かである。

映画作品は、1933年のナチス党開会の模様を伝える「意志の勝利」と、1936年のベルリン・オリンピックの記録映画「美の祭典」「民族の祭典」を観たことがある。いずれも印象は強烈だ。第二次大戦後にナチス協力者として指弾されたのは、製作にあたって全面的な支援を受けた事実だけでなく、作品そのものに強い訴求力があったことも理由だったと推察できる。ナチスの理念に共鳴はしなかったかも知れないが(そう弁明しているが)、結果的に深くコミットしたと見なされても仕方はあるまい。

党大会に参集する数十万人の隊列、オリンピックの競技者やヌバ族の人々の肉体、深海の生物。60年以上の年月の間に作られた作品には一貫した美意識が感じられる。それは、異様で力強いものがもつ美しさの賛美である。ナチスの選良主義や人種差別との関連を指摘されることもあるが、本人としては美的な関心だったのだろう。

なお、裏表紙はカメラを縦位置に抱えたレニ・リーフェンシュタールの1940年のポートレートである。スクリューマウントタイプのライカに、大口径のレンズと大型の単体ファインダーが取り付けられている。ディテールは見えないが、レンズはSummitar 50mm/f2.0で、単体ファインダーは正像ビドムのようだ。本体は、軍艦部がレンズマウントまで伸びていない、スローシャッターダイヤルがある、巻き戻しノブに視度補正ノブがない、などからIIIもしくはIIIaと判断できる。巻き戻しレバーが巻き戻し位置にあるのでじつはフィルムが入ってないんじゃないか、なんてことも読み取れる。

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2004年1月12日

ニシノユキヒコの恋と冒険

「ニシノユキヒコの恋と冒険」は川上弘美の新作である(新潮社)。

帯の紹介文が軽快かつ的確に内容を示している。

「女には一も二もなく優しい。姿よし、セックスよし。女に関して懲りることを知らない。だけど最後には必ず去られてしまう……とめどないこの世に、真実の愛を探してさまよった、男一匹ニシノユキヒコの恋とかなしみの道行きを、交情あった十人の女が思い語る。はてしなくしょうもないニシノの生きようが、切なく胸にせまる。著者初の連作集。」

ニシノユキヒコはさまざまな年齢で登場するが、性格は一貫している。それを語る十人の女たちは年齢や境遇がみごとに描き分けられている。この色男話は、源氏物語でも、伊勢物語でもなく、宮本常一の「忘れられた日本人」に収められた「土佐源氏」に比すべきだろう。

例によって恋心の切なさを描いてきわまりないが、中学校時代のニシノユキヒコのエピソードは鮮烈である。読んでのお楽しみ。

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2004年1月 4日

江戸川乱歩全集2(講談社版)「パノラマ島奇談」

江戸川乱歩というと、小学生の時にポプラ社版の少年探偵団シリーズを読んだだけだった。一般向けの小説はこれが初めてである。「パノラマ島奇談」のほかに、「人間椅子」、「踊る一寸法師」、「人でなしの恋」、「一寸法師」などが収録されている。

一読して、少年探偵団シリーズを思い出した。もちろん、愛欲のモチーフや怪奇趣味はより濃厚だが、受ける印象は小学生のときと変わらない。当方が三十数年を経て刺激に鈍感になっているのも確かだが、描かれる世界が同一であるのも事実だろう。人物設定が類型的とよく指摘されたようだが、人形の中に死体が埋め込まれているといった怪奇な趣向も、これまた繰り返し登場する。

そして、怪奇な趣向が視覚的な描写に終始するのも特徴的である。さながらパノラマである。したがって、映像とは相性がよい。明智小五郎が登場する場面では、条件反射のように天知茂の顔が浮かんできた。土曜ワイド劇場の明智小五郎シリーズが、原作の世界を忠実に再現していたことが確認できたのは収穫だ。

昭和初期の探偵小説・怪奇小説では、夢野久作と久生十蘭を読んだことがあるが、いずれも印象は強い。夢野久作はちくま文庫版の全集まで買ってしまった。

なお、少年探偵団シリーズを刊行していたポプラ社の、現在の人気シリーズは「怪傑ゾロリ」だという。隔世の感がある。

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2003年12月29日

日本の戦跡を見る

「日本の戦跡を見る」(安島太佳由著、岩波ジュニア新書)を読んだ。

日本国内に残る第二次世界大戦の戦跡の写真集である。戦跡から戦争の記憶を辿る趣向だ。だが、モノクロで捉えられた廃墟・遺構そのものが、趣向を離れた魅力を放ってしまっている。著者も、掩体壕(飛行機を爆撃から防護する構造物)には格別の愛着があることを漏らしている。

そういえば、通っていた中学・高校の裏山にも防空壕が設けられていた。裏山の中腹の入り口から暗闇を進んでいくと、唐突に学校のグラウンドに出て驚いたものだ。驚いたと言えば、こんなこともあった。何度目かの探検で壕内を進んでいると、懐中電灯で照らした壁面が動いているように見える。目を凝らしてみると、それは壁面を覆う無数のムカデであった。早々に引き返したことは言うまでもない。

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2003年12月27日

「死者に語る」

「死者に語る」(副田義也著、ちくま新書)を読んだ。

日本の葬儀における弔辞は、故人に話しかけるスタイルが一般的だという。「対故人型の弔辞は、生者と死者が歴史を共有することができる、歴史において対話を続けることができると約束している。私はそこに弔辞という文章作品のもっとも深い意味を読み取る」(p.224)というあたりが本書の主題だが、それ自体は面白くない。むしろ、「対故人型弔辞」に対する違和感の表明が執拗に繰り返されることに興味が湧く。著者が育ったプロテスタントの環境では、偶像崇拝の禁止から対故人型の弔辞をあってはならぬものとし、対会衆型の弔辞しか許さなかった。そのため、自分が弔辞を引き受けるときも対会衆型を貫いていた。そんな著者が、とくに縁の深かった人物の葬儀に際して、対会衆型では弔辞の原稿が書けず、対故人型に切り替えて筆が進んだ。そのとき、伝統的な日本文化の死者観が自分の内部に存在していることに気づいたのだという。そんな体験談を真剣に記しているあたりが山場である。

なお、裏表紙の著者紹介に「主題のとりかたは奔放、多様だが、手法はおおむね緻密、禁欲的、ときに情感を滲ませる。」とあって、褒めているのか貶しているのか分からなくて面白い。

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2003年12月22日

DIANE ARBUS REVELATIONS

Diane Arbusの "REVELATIONS"(SHIRMER/MOSEL) を読んだ。

写真集に評伝が併載されている。評伝は飛ばし読みなので、読んだというよりは、眺めたと言った方がいいだろう。総ページ数351ページ。10月にアムステルダムの近代美術館のショップで購入したが、スーツケースが一気に重くなった。

本書は"REVELATIONS"という巡回展示の開始に合わせて刊行されたらしい。今年10月のサンフランシスコに始まって、米国内4カ所とドイツ、イギリスを回り、最後のミネアポリスで幕を閉じるのは2006年の10月である。日本で開催されないのは残念だ。

ダイアン・アーバスの写真集は、ほとんど持っている。双子が表紙に収められた最初のもの、ムック、"MAGAZINE WORKS"、"UNTITLED"、そして本書である。重く、目を離せない写真ばかりだ。

重いと言えば、セバスチャン・サルガドの社会的な題材の写真を想起する人も多いだろう。だが、サルガドは、悲惨な題材を叙事詩的と評される美的なフォルムに封印する。それに対し、アーバスは生々しかったり、痛々しかったりするものをむき出しで提示する。アーバスを継承しているのは、スクウェアフォーマットのモノクロプリントで異形の人々を捉え続ける鬼海弘雄である。

なお、アーバスのプリントの大半はスクウェアフォーマットだが、ハッセルブラッドではなくマミヤの二眼レフCシリーズを愛用していたらしい。ほっとするエピソードである。

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2003年12月19日

大名の日本地図

中嶋繁雄の「大名の日本地図」(文春新書・352)を読んでいる。

幕末に配置されていた全国280の大名家を紹介する。東北から関東までは全文を読んでいるが、ここからは飛ばし読みしようと思う。といっても、読んだ範囲でも十分に面白かった。

まず、幕藩体制の支配機構が明確に掴めた。幕府は、転封や改易といった強制力を行使して大名を支配するものの、領内については完全な自治に任されていた。藩は地縁的な単位としてもよく機能していた。明治政府は廃藩置県によって、地縁的な結合を破壊して中央集権的な国民国家を形成したが、これは、国民国家を単位とする世界システムの中で、自らを国民国家として組織することが国家生存のために要請されたためである。昨今は市町村合併が強制的に進められ、地方分権が声高に唱えられている。地方分権の究極の姿として幕藩体制を目指すことも可能である。地方分権は廃県置藩なのである。

また、その自治のありさまも参考となる。幕藩体制が長期化する中で多くの藩が財政危機に苦しんでいる。施策についても、救農、産業振興、教育強化など、重点の置き方は藩ごとにさまざまである。もちろん、無策のまま無為に過ごしたり、領民に過酷な税を強いるという選択肢もありうるのである。

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2003年12月17日

英仏百年戦争

佐藤賢一の「英仏百年戦争」(集英社新書・216)を読んだ。

佐藤賢一によると、英仏百年戦争は史上最大級の事件だという。もともとは同じルーツを持つ領主同士の抗争に過ぎなかったが、長い戦いの中でそれぞれが現代に通じる意味における国家としての意識を高めていったというのだ。欧州の中で英仏両国だけがなぜ早くから国民国家を形成しえたのか疑問に思っていたが、氷解した。英仏は、百年戦争を戦ったゆえに英仏という国民国家となったのであり、また、それゆえにこの戦争は「英仏百年戦争」と呼ばれるのだ。面白い。

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2003年10月20日

情報を見せる技術

『「情報を見せる」技術 ビジュアルセンスがすぐに身につく』(中川佳子、光文社新書)を読んだ。

文書・スライドを作るときの、配色やレイアウトのハウツーだけど、自分の言葉で色を分類するあたりは面白いな。そういえば、パワーポイントのアニメーションってよほどのことがない限り使いませんね。

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2003年10月19日

経済大転換

金子勝の「経済大転換 −反デフレ・反バブルの政策学」を読んだ。

アメリカ型の経済政策をバブルからバブルをつなぐ経済と看破し、それに代わる身の丈に合った経済モデルを模索するというふれこみである。いつもながら、このオヤジの語りは暑苦しい。でも、つい読んでしまう。

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2003年10月14日

帝国を壊すために

アルンダティ・ロイの「帝国を壊すために」(岩波新書、本橋哲也訳)を読んだ。

米国などあらゆる非民主的で抑圧的な体制を帝国と規定し、帝国への徹底抗戦を訴える。岩波書店的な意味で良心的な語り手なのだろうが、感銘は薄い。体言止めや女性的な言い回しを過剰に採用した翻訳にも責がある。訳者の後書きには原文の雰気を伝えようとしたとあるが、日本語の文章では女性的な言い回しには違和感がある。

帝国といえば、ハート=ネグリの「帝国」は積ん読のままだったな。

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2003年10月13日

龍の棲む日本

「龍の棲む日本」(黒田日出男、岩波新書)を読んだ。

地図は客観的な世界記述ではなく記す者/見る者に共通の恣意的な世界認識を示す、などといった主張はことさらに言い立てるまでもなく常識といえるだろう。ジェレミー・ブラック「地図の政治学」(青土社、2001)などといった書物もあった。伊能忠敬の測量は確かに画期的だが、正確な縮尺で記された地図がそれまで必要とされかったことも事実なのである。

中世の地図では日本列島は龍で囲われていた。本書は、ここから当時の人々が日本列島をどう認識していたかを提示する。蒙古襲来のインパクトや龍に守られた国土といった話題も面白いが、なにより龍に囲まれた日本列島という図像そのものが興味深かった。

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2003年10月 9日

「不自由」論

仲正昌樹の『「不自由」論』(ちくま新書)を読んだ。

サブタイトルは『「何でも自己決定」の限界』である。最終章の「効率性を重視する「新自由主義」の経済思想と「自己決定」論とは親和性がある」というあたりは腹に落ちた。

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2003年10月 7日

会社はこれからどうなるのか

岩井克人の「会社はこれからどうなるのか」を読んだ。

法人がモノとヒトの二重の性格を持つという前半のくだりは面白く読めたが、後半は「資本主義は差異に基づく」という以前からの主張のバリエーションである。原理的に思考することを売り物にする人の主張は、原理を表す単純な一文に収斂する。したがって、原理に近づくための論述や、原理の応用で芸を見せなければならない。この二十年間に著作は四冊だけど、ちょっと物足りないかな。読み手の勝手な感想である。

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2003年9月 2日

ジンメル・つながりの哲学

「ジンメル・つながりの哲学」(菅野仁著、NHKブックス)を読んだ。

哲学者・社会学者ジンメルの思想を伝える書物である。社会と人間との相反に始まり、ほんとうの私探しや他人との距離の取り方に及ぶ内容は、社会学書というより人間関係指南書といった趣もある。そういえば「ここは自分が属すところではない」とか、「人との距離の取り方」に思いを巡らせたこともあったっけ。そんなことに思い煩うことなく現実と折り合いをつけられるようになったのもオヤジの証だろうか。

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2003年8月30日

TASCHEN Magazine

The TASCHEN Magazine Fall 2003が届いた。

TASCHEN社はハイアートからサブカルまでクセの強い企画を得意とする美術書の出版社である。今回のTASCHEN Magazineの巻頭特集は "CHINESE PROPAGANDA POSTERS"。文化大革命期を中心とした中国の政治プロパガンダポスターの集大成である。さわりだけでも面白い。

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2003年8月28日

「嵐が丘」の謎を解く

『「嵐が丘」の謎を解く』(廣野由美子著、創元社)を読んだ。

神学的解釈、ドッペルゲンガーのモティーフ、時間の秘密、空間に埋め込まれた秘密、第二世代(鏡の世界)などなどの視点で謎の解明を試みる。だが、筆者自身があとがきに記すように、謎解きに終わりはない。

「『嵐が丘』の謎はなかなか解けない。謎解きの試みの行き着く先には,しばしば行き止まりが待っている。しかし、この作品には、謎解きが決して無駄な試みではないことを読者に信じさせる何かがある。(途中省略)『嵐が丘』は、謎解きへと駆り立てる磁力において比類ない小説であるばかりではなく、答えのない謎を解くことの意義を私たちに確信させてくれる作品でもある。この『誘引力』の本質が何であるかが、『嵐が丘』の最大の謎であると言えよう。」

終わりのない謎解きは苦痛や苦行ではなく、喜びをもたらすらしい。

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2003年8月17日

ふしぎの植物学

花や草木の名前には疎いのだが、生命力旺盛な植物が繁茂している様には目を奪われる。そんなわけで、「ふしぎの植物学」(田中修著、中公新書1706)を読んでみた。

植物の体を維持するメカニズムもさることながら、やはり生殖に関するくだりが興味深い。ソメイヨシノや二十世紀梨など有名な植物品種の多くが、一本の木から接ぎ木や挿し木で増えてきた、などという話を読むとおもわず「へぇ〜ボタン」(「トリビアの泉」)を押したくなる。

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2003年8月16日

時間の本性

「時間の本性」(植松恒一郎著、勁草書房)を読んだ。

二つの時間の概念を整理統合する試みである。

  • 「量」としての時間=アリストテレス的時間=自然の時間
  • 過去・現在・未来という「時間様相」としての時間=アウグスティヌス的時間=精神の時間

    過去・現在・未来を、アリストテレスの可能態と現実態の概念を用いて整理するところが興味深い。知覚する現在において可能態としての時間と現実態としての時間が一致し、過去はそれが分離する。未来は過去が投影されるという。

    とはいえ、中島義道の「カントの時間論」における過去・現在・未来の説明の方が腹に落ちた。中島によると、人間の時間認識にとっては過去がすべてであるという。もっぱら怒るオヤジの芸で書物を乱作しているが、哲学者としての芸も深い。

    投稿者 kmatsu : 23:02 | コメント (0) | トラックバック

    2003年8月14日

    アナロジーの罠

    「アナロジーの罠」(ジャック・ブーヴレス著、新書館)を読んだ。

    現代思想家と呼ばれる人たちが数学や科学の用語を濫用している事実を暴いたのは『「知」の欺瞞』(ソーカル+ブリクモン)である。本書はこれを援護射撃する。それ以上の深みはないが、現代思想の総本山フランスでは援護射撃にも意味があるのあろう。

    なお、ゲーデルの不完全性定理だとかハイゼンベルクの不確定性原理は、名称が魅力的なんだろうな。

    投稿者 kmatsu : 22:53 | コメント (0) | トラックバック

    2003年8月13日

    教養主義の没落

    「教養主義の没落 変わりゆくエリート学生文化」(竹内洋著、中公新書1704)を読んだ。

    教養主義時代の学生の出身階層を学部ごとに統計から分析し、それをフランスのエコール・ノルマルと比較する。その結果、日本の教養主義が、農村出身者の刻苦勉励や上昇志向に基づくことを明らかにしている。

    また、近代日本のサブカルチャーの位置付けが面白い。以下のようなチャートを掲載している。(座標形式から表形式に変更)

    武士・
    農民文化
    町人文化
    西欧文化への志向(+)教養主義ハイカラ
    西欧文化への志向(-)修養主義江戸趣味

    また、「全共闘運動は、教養主義への愛憎並存からくる一種絶望的な求愛運動だった」という心を打つ記述もある。

    投稿者 kmatsu : 15:22 | コメント (0) | トラックバック

    2003年8月12日

    勝手にビデオ

    石川三千花の映画イラストエッセイ「勝手にビデオ ノってけ200本」を読んだ。この人のコメントって底意地が悪くて的確なのでつい笑ってしまう。この十年くらいの映画事情に疎いので、内容も新鮮だった。といいながら、ゴダール作品など旧作に反応してしまう自分がいじらしい。「気狂いピエロ」がまた見たくなった。

    投稿者 kmatsu : 22:59 | コメント (0) | トラックバック

    2003年8月 8日

    ダランベールの夢

    17年間のんびりと探し続けたディドロの「ダランベールの夢」(岩波文庫)を読み終えた。長い間探してきた本だったが、読んでみてそれほどの感興は沸かなかった。百科全書派の人は時の常識を覆そうとして奇矯な書物を作った。ヴォルテールの「カンディード」もへんてこな作品だった。

    投稿者 kmatsu : 23:34 | コメント (0) | トラックバック

    2003年8月 4日

    お姫様とジェンダー

    若桑みどりの「お姫様とジェンダー  アニメで学ぶ男と女のジェンダー学入門」を読んだ。

    基本的に「真の男女共同参画社会を目指す」ジェンダー論書である。著者が指導する女子学生(「女子大生」ってのもかなりジェンダーばりばりの表現だと思うけど、「女子大の学生」ならいいのかしら)たちにディズニーの3つのアニメ作品(「白雪姫」、「シンデレラ」、「眠り姫」)を観せ、感想から議論を喚起する。感想文からは、ジェンダー学の講義の進展に合わせてみごとに「蒙が啓かれていく」さまが読みとれる。

    若桑みどりの著作は読んだことはないが、「芸術新潮」のセザンヌ特集号での語りっぷりはみごとなものだった。1935年生まれだから、大学という男社会では苦労したのだろう。全体の議論は目新しくないが、最終章に綴られる思いは真剣で打たれた。

    なお、感想文の中に「白雪姫」の小人たちを障害者と喝破したものがあった。それで思い出したのだが、マドリードに留学していた男から聞いた話。かの地では一般テレビ局でもハードコアポルノグラフィーを放送するそうだが、その男は、白雪姫と7人の小人たちを題材にしたものを観たことがあるという。もちろん、本当の侏儒たちが小人役を務めていた。ベラスケスの絵でも、宮廷の侏儒たちが描かれているが、これもかの地の伝統なのだろうか。

    投稿者 kmatsu : 00:09 | コメント (2) | トラックバック

    2003年7月30日

    君主論

    マキアヴェリの「君主論」(池田廉訳、中公文庫)を読んだ。

    「性悪説の権化」から「ルネッサンスの時代精神の象徴」に至るまでさまざまな評価を受けてきているが、人間について的確ないしは興味深い描写をしていることが、古典として読み継がれる所以だろう。比較しても仕方ないが、エリック・ホッファーのアフォリズムより深く印象的である。

    投稿者 kmatsu : 23:39 | コメント (2) | トラックバック

    2003年7月23日

    魂の錬金術

    エリック・ホッファーの「魂の錬金術」(中本義彦訳、作品社)を読んだ。

    「沖仲仕の哲学者」ホッファーの全アフォリズム集である。アフォリズムは、人間のさまざまな断面を気の利いた短文で記すものだが、ホッファーには、ロシュフーコーのような皮肉はなく、パスカルのような厭世観もなく、ニーチェのような空威張りもない。全般に穏やかな表現で好感は覚えるけど、これぞという印象の強いものはない。そこがよいのかも知れないけど。

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    2003年7月21日

    NATIONS AND NATIONALISM

    Ernest Gellnerの"NATIONS AND NATIONALISM"(Cornell University Press, 1983)を読み終えた。Benedict Andersonの"IMAGINED COMMUNITY"と同様に、国民国家論の基本書だそうだ。

    農耕社会と比較した国民国家の特徴を、産業社会、均質性、ハイカルチャー(国民文化)、教育機会の均等化などにあると説く。本書はナショナリズム研究の概念フレームワークを提示しているが、Andersonの"IMAGINED COMMUNITY"は東南アジアを中心としたケーススタディを提供していると位置づけられる。

    両書とも発表から20年以上が経過した。軍事力が米国に一極集中したことによって、ナショナリズムはより屈折せざるをえない。それは、日本という国民国家でも同じである。

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    2003年7月18日

    古書遭遇

    長年探していた書物に遭遇した。ドゥニ・ディドロの「ダランベールの夢」(岩波文庫)である。17年前、雑誌のブックガイドで浅田彰が紹介していたのを見て以来、古本屋に入るたび探してきた。ありきたりの岩波文庫だが意外と見つからず、結局、17年を経て地元の古本屋で見つけた。巡り合わせである。

    ブックガイドは、確か朝日ジャーナルの別冊だった。時代を感じる。

    そして、長年探していた書物は、手元に一ヶ月あってまだ読んでいない。

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    2003年7月15日

    天皇の戦争責任・再考

    「天皇の戦争責任・再考」(洋泉社の新書y)を読んだ。著者は、小浜逸郎、池田清彦、井崎正敏、橋爪大三郎、小谷野敦、八木秀次、吉田司。この中で、池田、井崎、八木の三人は初見。

    今までの天皇責任論を総括したり、新しい視点を提示しようとする者が多いが、印象は薄い。

    中では、偽悪的な文体を弄する吉田司が印象に残る。「天皇」といえば「昭和天皇の戦争責任」しか想起できない言説の貧しさをあざ笑い、「平成天皇」が平和憲法体制を護持するために戦っていると断じる。即位十周年記念式典で琉歌を流した話は知らなかったが、日韓共同開催のワールドカップを迎える前年の天皇誕生日の「お言葉」は確かに記憶に残っている。天皇の血統が百済につながることに触れ、「韓国とのゆかしさを感じます」と発言したのである。

    なお、「新しい歴史教科書をつくる会」に関わった橋爪大三郎が昭和天皇に戦争責任ありと結論しているところは、いまのナショナリズムが皇室への尊崇の念とは切り離されているという小熊英二の指摘通りである。

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    古駄本屋

    高級でない本で思い出したことが一つ。

    十数年前、ある観光地である。店構えはありきたりの古本屋だが、尋常ならざる雰囲気を感じる。まず、置いてある書物が古い。五十年はゆうに経過した本ばかりである。そして、ふつう町の古本屋に積み上げてあるマンガや雑誌のたぐいがない。

    さらに気づくのは、品揃えが大衆小説や実用書といった駄本ばかりということだ。今では忘れ去られた作家や小説、家政書や料理書。古家具や古道具といったオブジェと違って、古さが面白さになるほどのものでもない。必要とするのは物好きな研究者か、本と時代を共有した人々だけだろう。

    もちろん、店主は老人である。老人の老人による老人のための古本屋。

    投稿者 kmatsu : 22:55 | コメント (0) | トラックバック

    2003年7月14日

    性と愛の日本語講座

    小谷野敦の「性と愛の日本語講座」(筑摩新書)を読んだ。

    面白いのだけど、この人、個人的には近づきたくない。あまり高級でない小説や文書を渉猟する研究方法は井上章一に学んだのだそうだけど、成果から受ける印象がはなはだしく違う。井上章一の「愛の空間」や「パンツが見える」には痛快さを覚えるが、小谷野敦からは陰湿な印象を受ける。

    などといいながら、小谷野敦の文章から目が離せないのだから、自分にも似ているところがあるのだろうな。きっと。

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    2003年7月12日

    反歴史論

    宇野邦一「反歴史論」(せりか書房)を読んだ。歴史を捉えなおす試みに期待して通読したが、結局、感興は湧かなかった。帯に曰く「思想と歴史の交錯点に光をあて、20世紀思想の核心をなす主題<存在・無意識・時間・主体・イメージ>を根源的に問い直し、歴史的思考の呪縛の構造を打ち破る大胆な試み。」だそうだ。

    参照する人々は、小林秀雄、柳田国男、レヴィストロース、ドゥルーズ、ベンヤミン、バタイユ、などなど。バタイユはネオアカのころの流行だったけど、このごろはベンヤミンかね。

    以前、特に名を秘す某大学の近所の居酒屋で隣り合わせた連中が現代思想ネタで盛り上がっていたが、ファイヤーベントやガダマーが、と騒いでいたっけ。

    投稿者 kmatsu : 23:03 | コメント (2) | トラックバック

    2003年7月 9日

    コンサルタントの時代

    「コンサルタントの時代」(鴨志田 晃著、文春新書)を読んだ。

    コンサルタントという人種には悪い印象を持っている。とくに外資系のITコンサルタントは会った人間の大半がスカである。外資系ITコンサルティングファーム(なんで「コンサルティング会社」と言わないのだろう)は、情報システム商売の規模を拡大するためにSE相当のコンサルタントを粗製濫造している。焼き畑農業に近い商売だ。長くは続かないだろう。

    今まで会ったコンサル人種の中で唯一好感を覚えた男はこの状況を憂えていた。きまじめな男だった。本書の著者にも同じ種類のきまじめさを感じた。

    大量生産・高品質の製造業が往年の輝きを失った今は知識こそ商売の源泉であるという。この主張そのものに目新しさはないが、目標を達成するために努力を惜しむなというメッセージはじつは高度成長期を支えたメンタリティに近い。そして、知的な資質を持った人間は、資質なりの義務を果たせとも聞こえる。新たなモーレツの勧め。きびしいな。

    投稿者 kmatsu : 22:51 | コメント (2) | トラックバック

    2003年7月 8日

    科学史年表

    「科学史年表」(小山慶太著、中公新書)を読んだ。「科学史400年の歴史を読む」という趣向だが、小学生のときに読みふけった学習百科大事典(小学館)の科学の記述を思い出しながら読み進んだ。

    それにしても、この100年の記述の多さに感心する。もちろん、歴史はつねに現在に近いほど記述が多くなるものだが、この100年の科学史の分かりにくさも格別である。19世紀までの古典科学はまだ日常の感覚の延長にあるのだが、相対性理論や、量子力学や、素粒子論は日常からかけ離れている。そこが面白いともいえるのだけど。

    そして、古典科学が成立するまでの科学を、哲学者や(デモクリトスやアリストテレス以来の自然哲学の伝統)、有閑階級や、アマチュアが担っていたのも印象的である。

    そういえば、scienceは分科学から始まったのだっけ。銀座の近藤書店のブックカバーには、"Scientia est potentia"(知は力なり)と記されていたっけ。その上にあったイエナ書房はなくなってしまったな。などなど、思い出にふける梅雨寒の夜である。

    投稿者 kmatsu : 22:48 | コメント (2) | トラックバック

    2003年7月 5日

    蛇を踏む

    川上弘美の「蛇を踏む」(新潮文庫)を読んだ。内田百ケン(門がまえ+月)の「冥土」といった怪異小説の伝統に属する。また、短いエピソードを連ねた「惜夜記(あたらよき)」を読んでいたら、稲垣足穂の「一千一秒物語」を思い出した。ただし、稲垣足穂はイデア界の住人だが、川上弘美は妖怪界に帰属する。乱暴な言い方をすれば、それぞれ、男性的(マッチョではなくイデアを指向するという点で)、女性的と言えるだろう。

    でも、川上弘美の小説は怪異ものより性愛ものを好む。

    「溺レル」は性愛ものの極致である。中年という年齢域に属する男女の性愛の機微を描いて哀切きわまりない。いや、自分が中年に属しているから心が動かされるのかも知れないけど。

    「センセイの鞄」は性愛と怪異趣味が好バランス。バランスがいいなんてのは不思議な言い方だけど。そういえば、「センセイの鞄」は、今はなき平凡社の雑誌「太陽」に連載されていた。一緒に旅行するエピソードが掲載された号をたまたま読んだときは、けったいなお話だと思ったものだ。

    「太陽」といえば、これこそオヤジ雑誌の王道である。「サライ」だの「ペン」だの「オブラ」だのといったオヤジ雑誌が逆立ちしても追いつけない風格を備えていた。「太陽」の廃刊は、日本のオヤジ界の貧相さを現している。

    投稿者 kmatsu : 21:04 | コメント (0) | トラックバック

    2003年7月 1日

    美しい日本の掲示板

    「美しい日本の掲示板」(鈴木淳史、洋泉社新書)を読んだ。2チャンネルを中心とした掲示板サイトが連句(俳諧連歌)だとか、落書(らくしょ)だとか、落首(らくしゅ)の伝統に連なるという牽強付会が気軽に楽しめる。そして、何でもマターリと平板化してしまうのが日本文化の本質だという決めつけは、世にはびこる日本論を茶化していながら、これまた一つの日本論となっていて面白い。

    この著者は、西洋古典音楽に関わる書物を同じ版元から何冊か出している。とくに西洋古典音楽に巣くう評論家諸氏をからかった「クラシック批評こてんぱん」は楽しめた。どんなジャンルでも事情は同じなのかね。

    投稿者 kmatsu : 20:52 | コメント (0) | トラックバック

    2003年6月30日

    「愛国」問答

    香山リカと福田和也の『「愛国」問答』(中公新書ラクレ)を読んだ。

    「ぷちナショナリズム症候群」の続編に当たる。前作は世の中の現象の紹介に終始して食い足りなかったが、本作は突っ込みが深い。香山リカが福田和也に食い下がって多くを引き出そうとしている。まさに、対談ならぬ問答である。

    問題は深く重い。香山リカが「序」に記す当面の決意は以下の通りである。

    『私はあえて、もう少しだけ、「アメリカに賛同するにしても抵抗するにしても、日本は憲法を改正して軍備を整えて心をひとつにしてナショナリズムの道を歩むしかない。それが現実というものだ」という意見に屈服することなく、種々雑多の人たち、強い人や弱い人、すぐれた人やダメな人がうごめく「ゆるい社会」を作る道を模索し続けることにしよう。「勝ち組」になる以外の”抜け道”が、どこかにまだあるかもしれないではないか。』

    重い決意を述べる「序」に対して、福田和也の「あとがき」は軽い。編集部のセッティングの不手際を指摘しているだけで笑える。

    考えてみれば、自分も基本的には高度成長と戦後民主主義の風土で成長した。小学校のときから、意識的に西暦を使ってきた。官庁相手の商売を始めた直後は元号も使ったが、平成への改元と、西暦2000年(「ミレニアム」なんてのもすでに死語ですかね)のおかげで、元号を使う機会も減った。皇室・天皇を求心力にしたナショナリズムは成立しにくいのだ。

    投稿者 kmatsu : 23:35 | コメント (0) | トラックバック

    2003年6月27日

    ぷちナショナリズム症候群

    「ぷちナショナリズム症候群」(香山リカ、中公新書ラクレ)を読んだ。小熊英二の「<癒し>のナショナリズム」と相通じる内容だが、版元のせいか、気分的な現象の紹介に終始し食い足りない印象である。ささやかな気分としての「ぷちなしょ」がいずれ奔流となって溢れ出すというが、一つ一つの現象には頷けるものの、それが決定的な事態の予兆だと言われても正直にいって実感が湧かない。もちろん、実感が湧かないところが怖いのかも知れないけど。

    じつは、香山リカの書物を読むのは初めてだった。黒縁メガネの顔写真は、ペンネームと同じようにイメージ戦略なのだろうか。

    投稿者 kmatsu : 21:24 | コメント (0) | トラックバック

    2003年6月22日

    心臓抜き

    岡崎京子の「うたかたの日々」を読んた。子供のころだったら泣けたかも知れないけど、今は奇妙なディテールの積み重ねが面白いと思う。

    睡蓮の花、カクテル製造機、思想家バルトル、ネズミ、縮んでいく部屋、そして心臓抜き、などなどといった奇妙なディテールは、若い男女たちの恋愛話より印象に残る。そういえば、四方田犬彦の最初の書物「リュミエールの閾」でもこうしたディテールが紹介されていたっけ。

    「リュミエールの閾」は二十代の四方田犬彦の初々しい書物である。ボリス・ヴィアンやダイアン・アーバスはこの本に教えてもらったな。

    「うたかたの日々」の早川書房版の原作は本棚を探しても見つからなかった。

    投稿者 kmatsu : 21:42 | コメント (0) | トラックバック

    2003年6月20日

    <癒し>のナショナリズム

    大著「<民主>と<愛国>」に継ぐ小熊英二の新刊である。ゼミの生徒の卒論を併載している。草の根保守運動と目された「新しい教科書を作る会」を支援した団体の実態を分析し、『つねに自分が「普通」であることを立証したいという不安におびえ、そのために<普通でないもの>を発見し、排除しつづけてゆくことでアイデンティティを保とうとする人々によって作られる共同体』と結論する。

    投稿者 kmatsu : 22:38 | コメント (0) | トラックバック