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2009年2月 4日
「貧民の帝都」(塩見鮮一郎著、文春新書)
東京の貧民窟と、生活困窮者を支援した養育院の成り行きをたどる書物である。
明治期の東京には貧民窟があった。代表的な地域は、四谷鮫ヶ橋、下谷万年町、芝新網、新宿南町。当時の貧しい人々の暮らしは、社会全体が底上げされた現代とは比ぶべくもない。ときおりマスコミで報じられる海外のスラムから想像するしかないだろう。
日常の暮らしも続けられなくなった生活困窮者を扶けた養育院は、財源が尽きたとき東京府議会が廃止を決議しようとした。それを制止して存続させたのは実業界の渋沢栄一だった。明治期だけでなく、高度成長期が終わる頃までは、仏教のほどこしの文化が残っていたという。著者は、近代化のはてに失われたものの大きさを慨嘆する。
「同情」とか「あわれみ」の気持ちを封じるものが近代の思想にはかくれていた。個人主義の社会を確立するためには、べたっとした温情主義をつよく批判する必要があったのかもしれない。(p.240)
これらの考えは近代の人権思想のひとつの到達点をしめしていると思うし、若年のころ、目からうろこがおちるような感動をおぼえたが、いまでは、同情・あわれみ・惻隠の情を復活させてもいいのではないかと考えはじめている。マヌーバー(策略)としか思えない「人間主義」と「平等主義」から離陸するために、もうすこし気ままに振るまえる領域をひろげる必要があるのではなかろうか。小雨がぱらつくなかでふるえている男になにがしかの援助をするのはけっしてまちがいではない。ワンカップの酒が一夜の延命にしか役に立たない対症療法にすぎなくても、そうしないよりはしたほうがいい。拒絶するかどうかはむこうの考えにまかされるから、人格の尊厳はまもられる。(p.241)
東京の貧民窟については、歴史学者、大江志乃夫の(唯一の?)小説作品「凩の時」(1985年)で知った。これは、明治41年に赤坂の歩兵連隊から兵士たちが脱営した事件を描く作品。残念ながら、単行本・文庫版ともに絶版。
明治期のルポルタージュ「日本の下層社会」と「最暗黒の東京」は岩波文庫に収められている。
なお、芝新網は以前の職場の近くにあった。ここは関東大震災で壊滅したという。低層のオフィスビルの間に飲み屋が点在する地域に、かつての貧民窟の痕跡はまったく残っていない。
投稿者 kmatsu : 2009年2月 4日 21:22
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