« モールトンAPB-8のサスペンションスプリング交換 | メイン | 「不許可写真」(草森紳一著、文春新書) »
2008年8月19日
「すべての経済はバブルに通じる」(小幡績著、光文社新書)
このところ何冊か目を通した金融本のなかでダントツに面白い。まず、「まえがき」から一撃を食らわされる。
ねずみ講、これが、お金が殖える理由であり、経済成長がプラスを持続するメカニズムであり、資本主義の本質なのです。(p.5)本書は、1章でサブプライムローンの枢要を担った証券化という金融技術の本質を説き、2章と3章で著者の新語「リスクテイクバブル」を紹介する。これは、リスクをとることに皆が殺到し、リスクをとること自体がバブルになる現象だという。そして、これは金融市場に構造的に組み込まれている。原理は、ねずみ講と同じであるにもかかわらず。
ここで興味深いのは、サブプライムローンというビジネスが合理的だったことだ。サブプライムローンというと、いっぱんに、貧者向けの無理な金貸しというイメージが強いが、貸す方はもちろん、借りる方も借金を完済することは考えていなかったそうだ。すべては、住宅価格は必ず上昇するという前提によって成立していたのである。
本書の面白さは、著者が学者である以上に投資家の立場に身を置いているところにある。とくに、上海市場から各国の市場が暴落していくさまを記述する第4章から第6章は、事実の説明に終始しているにもかかわらずスリリングだ。鳥瞰的な神の高みからではなく、じっさいに大きなリスク、すなわち不安を背負って金融商品の売り買いに勤しむ投資家の心理の奥にまで踏み込んでいるからだ。
第7章でバブルの本質が総括される。
この3度にわたるバブル終焉のプロセスにおいて、投資家の誰もが、その状況がバブルであることを認識しており、それがいつかは終焉を迎え、崩壊することも、当然、知っていたのだ。つまり、先に挙げたバブルについての一般的な認識(1)「バブルの最中はバブルと誰も気づかない」ということはあり得ないのである。(p.206)第8章では、「リスクテイクバブル」を資本主義に構造的に組み込まれた「キャンサーキャピタリズム(癌化した資本主義)」の発現であると位置付ける。金融資本は自分を破滅させるまで自己増殖を止めないというのだ。したがってバブルについての一般的認識(2)、
「バブルに投資することは、明らかに失敗で、後で振り返って、バブルであることに気づいていれば投資しなかったのに、と後悔する」
ということもあり得ない。バブルとわかって投資しているからだ。正確にいうと、バブルだからこそ投資しているのである。(p.207)ここに、バブルについての一般的認識(3)、すなわち、
「バブルは危険なものであり、賢明なプロの投資家は近づかず、素人が下手に手を出して失敗するケースばかりである。したがって、バブルの疑いがあるものには決して近づいてはいけない。」
の誤りが露呈する。真実は、投資のプロであればあるほどバブルを探し歩き、あるいは、自分でバブルを作り、そして膨らませて、そのバブルに最大限乗ろうとするのである。したがって、金融市場の参加者がプロの投資家であればあるほど、バブルは頻繁に起こり、そしてはげしく膨らみ、最後には、崩壊して、金融市場の傷は深くなるのである。(p.211)
ここに、本来、実体経済の発展を支える存在であった金融資本が、自己増殖のために実体経済を利用するという主格逆転が起きる。そして、これが最終的には、実体経済を破壊し、金融資本自身をも破滅させる結果をもたらす。《改行》しかし、これは金融資本の自己増殖本能による宿命である。私はこれをキャンサーキャピタリズムと名づけた。《改行》キャンサーキャピタリズムは、二一世紀初頭に、まずリスクテイクバブルとして現れたが、今後も徐々に形を変えて、世界金融市場に繰り返し出現し、二一世紀を席巻するだろう。(p.224)最後に、キャンサーキャピタリズムの病が癒えるのは既存の金融資本が一度消滅してから、という見通しが提示される。
今後、多くの識者の議論に反して、実体経済が相対的に力を持つようになり、金融資本の影響力は低下することになる可能性がある。原油高、資源高、穀物高によるインフレ危機が騒がれているが、これはモノの値段が上がっているのではなく、お金の価値が下がっているのである。これこそ、実態そのものである資源や穀物と、マネーとの価値の逆転現象であり、金融資本の価値低下、衰退を示している。これがさらに進めば、実体経済と金融資本との主客が再び逆転し、本来の姿に戻る可能性がある。(p.234)ここで、素人考えがいくつか浮かんでくる。実体経済が資本主義の本来の姿と言いきれるのだろうか。資本主義の原動力が人間の利益追求の意欲ないし衝動であるなら、金融資本自体も資本主義に構造的に備わっているのではないか。金融資本が衰えるのは、人間の意欲が減退するときではないか。それは生物種としての人間の衰退ではないか。などなど。
そんな感想をもつのも、著者が描く投資家の心理が生々しくて面白いからだ。怖い、けれどもオりられない。利益を得るのと引き替えに味わう怖い思い、それ自体を求めているかのように見える。当方、賭けごとはたしなまないが、そんなものだろうか。金融経済は、利益追求の意欲・衝動だけではなく、怖い思い、すなわち、リスクをあえて求める人間の性向も与っているのではないかと思う。
などなど、なかなか刺激的な一冊でした。
投稿者 kmatsu : 2008年8月19日 00:41
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://bsx.hundun.net/bm/mt-tb.cgi/803