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2007年12月30日
「イーハトーブと満州国 宮沢賢治と石原莞爾が描いた理想郷」(宮下隆二著、PHP研究所)
ケンジとカンジといえば、宮沢賢治と石原莞爾。いまも関心を集める重量級のスターたちである。詩人・作家と軍人・思想家。その役回りは大きく隔たっていても。
ところが、二人はともに日蓮宗の熱烈な信徒であり、在家の法華経教団である国柱会の会員だった。日蓮の教えを奉じる宮沢賢治と石原莞爾。本書はこの共通点から二人の生涯を見つめ直し、資質の共通性を描き出そうとする。二人が同じ宗派を奉じていたことは広く知られているが、同時に論じる試みは初めてだという。
意気込みやよし。大いに期待して本書を手に取った。
結果は期待には及ばず。
まず、石原莞爾の記述が史実のフォローにとどまっている。稀代の語り部、平岡正明には「石原莞爾・試論」がある。平岡正明による血湧き肉躍る石原莞爾像を越えるものを期待してしまった。
そして、宮沢賢治と石原莞爾に共通する「狂」ともいえる宗教的情熱がよく伝わらない。宮沢賢治も石原莞爾も、狂気に近い情熱をもって理想に向かったと描かれるが、その熱さと怖さが伝わらない。
最終章は豊かさを得て夢を失った現代の世相批判である。
こういうときに、宮沢賢治や石原莞爾が注目されているというのは、偶然ではあるまい。それは彼らが、今の日本人が失ったものを、豊かに所有しているからである。
激しい信仰と情熱。理想郷への憧れ。幾多の挫折。自ら信じたものを最後まで貫こうとする不屈の意志。そしてこの世に生のあるうちに受け取った、僅かな栄光。(p.253)。
重量級のスターたちを遇する結論として、浅すぎないか?
なお、日蓮の生涯、国柱会の活動、それに宮沢賢治の作品に登場する法華経の影響は初めて知るものもあって有益だった。
投稿者 kmatsu : 2007年12月30日 22:21
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