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2007年4月11日
右翼と左翼
「右翼と左翼」(浅羽 通明 著、幻冬舎新書)で一番感心したのは、フランス革命後十年間の勢力移行チャート(p.67)である。まさに、議会の左翼から右翼へと勢力が移行していく。
この頃の右翼と左翼のものさしは一次元である。
「歴史が進歩している」「その進歩は『自由』『平等』の実現をいう」とする考え方を前提に、その「進歩」をより先取りしようとする立場が「左」「左翼」で、押しとどめようとする立場が「右」「右翼」。(p.100)
それに対して、戦後日本の対立軸は複雑だ。経済的統制、政治的統制、文化的・社会的統制のそれぞれの強弱だけでなく、外交・安全保障における「日米同盟中心/中立/日ソ同盟」の鼎立、軍事における「外国軍駐留/非武装/軍事的自立」の鼎立が加わるのだ。(p.222)
とはいえ、現実の組み合わせは限られている。文化軸上の「右」と「日米同盟」「外国軍駐留」もしくは「軍事的自立」のセットを採るのが保守与党、文化軸上の「左」と「非武装」「中立」をセットとしたのが野党と知識人とマスコミの多く、という。
そして、著者の評価は戦後日本の「左」「右」いずれに対しても厳しい。
社会主義、共産主義を唱えながら、そのための犠牲は厭う「左」と、ナショナリズムは叫ぶが、やはりそのための犠牲は避けたい「右」が補完し合いつつ、全国民的な政策合意であった「経済成長」へ邁進していった戦後日本。それは、「右」「左」が、それぞれ核としてもっていたはずの「正義」を喪失してゆき、体制の一機関と化してゆくプロセスだったといえましょう。(p.187)
では、これから何を目指すべきか。壮大な構想が唐突に投げ出されて本書は終わる。
近代以前の宗教や思想をそのまま復興すべきだとはいえません。科学技術、殊に交通と通信の驚異的発展、生産力の膨張、また「自由」「平等」を実現させていった結果である、大衆社会、帝国主義、共産主義、ファシズムなどの歴史的経験、これら明暗交錯する蓄積を繰りこみ、新たな千年紀を費やすかやもしれぬ普遍的思想(宗教)を構築してゆくべし。こうならざるを得ないのでしょう。(p.244)
投稿者 kmatsu : 2007年4月11日 22:24
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