2007年4月22日
HTML5とXHTML2
ウェブの基本的な文書フォーマットのHTMLには、HTMLそのものと、HTMLをXMLで拡張したXHTMLという2つの系統がある。それぞれ、HTML5とXHTML2という新たな標準が検討されている。
"HTML5, XHTML2, and the Future of the Web"という記事によると、HTML5が優勢のようだ。
XHTMLはInternet Exploereをはじめとする多くのブラウザで正しく実装されなかった。さらにXHTML2サポートを表明したブラウザはない。
ブラウザでHTMLを解釈するパーサーは、エラーがあってもできるだけ動作を継続させ、文書を表示するように努める。インターネット上のHTML文書のほとんどにエラーがあることを前提とするなら、現実的な実装である。
だが、XMLのパーサーはエラーがあればそこで動作を停止する。XHTML文書をHTML文書として扱うことには、無理があるようだ。
"Beware OF XHTML"という記事はXHTMLを支持する立場だが、XHTMLがブラウザで正しく実装されていない事実は認めている。
それにしても、だ。
ajaxが流行するまで、ブラウザの進歩は10年近く停滞していなかったか?じっさい、筆者の勤務先ではつい数ヶ月前までNetscape Navigator 4.7が現役だったくらいだ。
10年年前、マイクロソフトはいわゆるブラウザ戦争で勝利を収めた。それ以来、Internet Explorerの機能強化を停止した。
クライアント上のソフトウェアはマイクロソフトの大きな収益源である。ブラウザの機能を高めることはこれを脅かす。収益源を自ら危険に晒す必要はない。
ajaxはブラウザに足りない機能をサーバによって補う方式である。ブラウザの機能を高めなかったマイクロソフトに対する宣戦布告とも言える。
HTML5ではユーザエクスピアリアンスの強化も課題となっているという。期待したい。
投稿者 kmatsu : 22:28 | コメント (0) | トラックバック
2007年4月11日
右翼と左翼
「右翼と左翼」(浅羽 通明 著、幻冬舎新書)で一番感心したのは、フランス革命後十年間の勢力移行チャート(p.67)である。まさに、議会の左翼から右翼へと勢力が移行していく。
この頃の右翼と左翼のものさしは一次元である。
「歴史が進歩している」「その進歩は『自由』『平等』の実現をいう」とする考え方を前提に、その「進歩」をより先取りしようとする立場が「左」「左翼」で、押しとどめようとする立場が「右」「右翼」。(p.100)
それに対して、戦後日本の対立軸は複雑だ。経済的統制、政治的統制、文化的・社会的統制のそれぞれの強弱だけでなく、外交・安全保障における「日米同盟中心/中立/日ソ同盟」の鼎立、軍事における「外国軍駐留/非武装/軍事的自立」の鼎立が加わるのだ。(p.222)
とはいえ、現実の組み合わせは限られている。文化軸上の「右」と「日米同盟」「外国軍駐留」もしくは「軍事的自立」のセットを採るのが保守与党、文化軸上の「左」と「非武装」「中立」をセットとしたのが野党と知識人とマスコミの多く、という。
そして、著者の評価は戦後日本の「左」「右」いずれに対しても厳しい。
社会主義、共産主義を唱えながら、そのための犠牲は厭う「左」と、ナショナリズムは叫ぶが、やはりそのための犠牲は避けたい「右」が補完し合いつつ、全国民的な政策合意であった「経済成長」へ邁進していった戦後日本。それは、「右」「左」が、それぞれ核としてもっていたはずの「正義」を喪失してゆき、体制の一機関と化してゆくプロセスだったといえましょう。(p.187)
では、これから何を目指すべきか。壮大な構想が唐突に投げ出されて本書は終わる。
近代以前の宗教や思想をそのまま復興すべきだとはいえません。科学技術、殊に交通と通信の驚異的発展、生産力の膨張、また「自由」「平等」を実現させていった結果である、大衆社会、帝国主義、共産主義、ファシズムなどの歴史的経験、これら明暗交錯する蓄積を繰りこみ、新たな千年紀を費やすかやもしれぬ普遍的思想(宗教)を構築してゆくべし。こうならざるを得ないのでしょう。(p.244)
投稿者 kmatsu : 22:24 | コメント (0) | トラックバック
データセンター in コンテナ
コンテナにサーバ機器を詰め込み、コンテナ全体をデータセンター・パッケージにするというアイディアが注目されている。
Sun MicrosystemsはProject Black Boxというコンセプトを提示している。最初はジョークかと思ったが、かなり真剣である。現場で大量のサーバを設置するより、工場でセットアップする方が効率がよい。ラック単位では小さい。どうせなら20フィートの標準コンテナにしてしまえ、という発想が明快だ。じつに242式のサーバが格納されている。
電源、冷却水、通信回線が確保できれば、どこにでもデータセンターが設置できる。必要に応じて機動的にデータセンターを配置することもできる。
Sunに対抗するポジションにあるマイクロソフトからは、さらに一歩先のコンセプトが提案されている。論文は"An Architecture for Modular Data Centers"。パワーポイント版はこちら。
マイクロソフトの提案は過激である。人間が作業する保守用スペースを確保せずに、コンテナいっぱいに機器を詰め込んでしまえ、というのだ。では、どうやって保守するのか?答えは「現場では保守しない」である。
4年なり5年なりのライフサイクルの間に、コンテナ内の機器は少しずつ故障し、動作しなくなっていく。それを冗長構成で補い、システム全体としての機能が継続できるようにする。つまり、コンテナ全体を1つのシステムと見なし、全体の性能が経年変化によって劣化していくと捉えるのだ。もちろん、ライフサイクル満了時の性能劣化が許容範囲に収まるように設計する。
ライフサイクル満了時には、別のコンテナ・データセンターを持ち込んで切り替え、役割を終えたコンテナは工場に戻されて、リサイクルされる。
こうした巨大なコンピュータシステム・パッケージを、メインフレーム・コンピュータの再来と言う人もいるだろう。だが、システムを構成するコンポーネントはベンダー固有ではなく、汎用品だ。RAID(Redundant Arrays of Inexpensive Disks)ならぬ、RAICS(Redundant Arrays of Inexpensive Computer Systems)なのである。
ユーティリティ・コンピューティングやSaaS(Software as a Service)が注目されるとともに、データセンターの役割が増している。サーバを提供するベンダーは当然この分野に注力する。その果実の一つがデータセンター・コンテナなのである。
クライアントサイドのビジネスで圧倒的な成功を収めたDellも、データセンタービジネスに注目し、"Dell Cloud Computing Solution"を発表している。
こうした動きはコンピュータ技術として興味深く、ユーザとしても目を離せない。
註:マイクロソフトの論文は、Nicholas Carrの"Rough Type: Nicholas Carr's Blog"で知った。