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2007年1月24日

都築響一「バブルの肖像」

第二次大戦後、アメリカがいちばん元気だったのは1950年代から60年代前半である。この頃のアメリカのテレビドラマが伝える生活習慣は、後進国、もとい、敗戦国国民の憧憬の対象であり、目標であった。

翻って、日本がいちばん元気だったのはいつか?

昭和30年代は、貧しいながらも未来への希望があったと回想されることが多い。建造中の東京タワーが主人公に据えられた映画もそんな気分を示していた。

とはいえ、多くの日本人が何かに憑かれたようにカネを使いまくったのが1980年代後半だったというのもまた一つの事実である。昭和30年代の活気を称揚する人びとからは、1980年代の豊かさは表面的であり、かつ、かりそめだったと指弾されるにしても。

都築響一は「バブルの肖像」(株式会社アスペクト)のあとがきにこう記す。

「もう二度とはこないであろうあの日々。それは思い返せばかならずしも不愉快な日々では、冷や汗にまみれた悪夢ではなかったかもしれない。<改行>だれもが夢におぼれ、欲に踊ったあの懐かしくも遠い日々を、奇想天外な冒険として振り返る、これはうれし恥ずかしのグラフィック・ヒストリーである。」

この書物に紹介されるのは「ボジョレー・ヌーボー」や「クリスマスイブのシティホテル」や「ティファニーのオープンハート」や「NTT株」といった、いじましい風俗だけではない。泡沫的なテーマパークや、F1サーキット、果てはエンパイヤステートビルにまで投資した超弩級のカネの亡者たちも登場する。そして、筆者は、後者に対してノスタルジーだけでなく、畏敬の念を抱いている。

「長いことお金持ちたちと取材でつきあってきて、つくづく感じるのは、大金というものにはそれ自体、暴力の匂いがするってことだ。人がふつうに汗水垂らして稼ぐことができるのとはケタがちがう額のカネには、常に何か不穏な空気がつきまとう。だからいつでもカネは最強の麻薬なのだ。そして麻薬は最後にはかならず負けるゲームだ。」

「カネを稼ぐのは保身だろうが、カネをスるのは快楽である。『この好況がいつまでも続くと信じた甘さ』がバブルを招いたとはよく言われることだが(あとになって講釈を垂れるのはいつも簡単だ)、ほんとにそれだけだったろうか。この先には崖が待っているとわかっていながら、さらにアクセルを踏んでしまう。その快楽の純度こそが、バブルを踊ったよろこびの根源にあったとは言えまいか。」

ところで、新潟にもバブルのお大尽がいた。柏崎トルコ村、新潟ロシア村、さらには県外の富士ガリバー王国(オウム真理教のサティアン撤退後に開設され2001年に閉園)は、いずれも新潟中央銀行が出資していたのだという。筆者は言う。

「いまはなき『日本の外国』と『不況のときこそ投資をするんだ!』と最後まで強気の姿勢を崩さなかった、超ワンマン頭取のエンドレス脳内バブルに、この場を借りて合掌しておきたい。」
『日本の外国』のみならず、それに出資した銀行もいまはこの世にない。

投稿者 kmatsu : 2007年1月24日 23:04

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