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2006年10月16日

オートクロームによる第一次世界大戦のカラー写真

第一次世界大戦のカラー写真である。

戦闘で破壊された家屋は捉えられていても、戦闘中の場面はない。牧歌的な雰囲気である。そこにかえって戦場のリアリティが感じられる。そして、色があるだけで、モノクロよりぐっとリアリティが増している。

これらの写真はいずれも彩度の低い独特の色調をもっている。モノクロ写真を着色したようにも見えるが、「オートクローム(Autochrome)」という手法による正真正銘のカラー写真である。

この手法を開発したのはリュミエール兄弟。シネマトグラフの開発者である。

映画の発明はエジソンのキネトスコープに遡ると言われることもある。じっさい、映画フィルムの規格は、キネトスコープ以来基本的に変わっていない。最初の劇映画もキネトスコープ向けに作られた。とはいえ、一人一人がのぞき込むキネトスコープに対して、複数の人びとに一斉に映像を見せるシネマトグラフが、その後の映画の原型をなしていることは間違いない。

オートクロームは1907年に発売された。

色を留めるには、光を三原色に分解する必要がある。最初期のカラー写真は三回撮影したという。たいへんな手間である。1930年代に映画用に開発されたテクニカラーという手法では、カメラに3本のフィルムを入れて同時に撮影した。

一つの感材に一回の撮影で色を記録するには、感材自体に三原色を個別に記録する仕組みが必要である。

現在のカラーフィルムは、複数の層をもった構造で、フィルム面に対して垂直方向に三つの色を記録する。それに対し、オートクロームは三原色の粒子状のフィルターを表面に配置し、感材(当時はフィルムではなくガラス乾板)の水平方向に色を記録した。

フィルターに使ったのはジャガイモのデンプンである。ジャガイモのデンプンを三原色に染め、それを均等に混ぜて、モノクロの感光剤の上に塗布した。現像は反転現像で、通常のネガ(実際の明暗と反転)ではなく直接ポジ画像を形成した。こうして記録されたガラス版を光にかざすと、なまなましいカラー画像が現れる。

当時の感光剤はオルソといって、赤の感度が極端に低かった。オートクロームは、赤も記録できるパンクロマチックの感光剤が登場したタイミングにも一致していた。

オートクロームの感材の感度は低く、露光時間は長かったことだろう。じっさい、このサイトに収められている作例の中には、昼間にもかかわらず人がブレているものがある。そして、ジャガイモのデンプンをフィルターにしたので、解像度は低く、大きなガラス乾板が必要だ。長時間露光に、割れやすい大きなガラス乾板に、大型のカメラ。機動力は低く、戦闘場面を撮影することは難しかったはずである。

オートクロームはアマチュア向け以上には普及しなかった。ポジ画像を直接得るため、写真技術による複製が作れなかったこと、また、ポジフィルムを原板とするカラー写真の印刷技術が普及していなかったことが理由として掲げられよう。三原色を垂直方向に記録するフィルムが登場した1930年代からは廃れていく。

なお、現在のデジタルカメラの撮像素子は、水平方向に三原色のフィルターを配置するものが主流である。解像度を下げるローパスフィルターが必要となり、輪郭には偽色が発生する。製造コストを低減できることから、画像処理技術で弱点をねじふせ、この方式が普及した。三原色を垂直方向に記録するFoveonという素子もあるが、採用しているのはシグマだけであり、マイナーな存在にとどまる。

化学処理から電子素子に写真技術がシフトしたところで、過去に廃れた手法が、再び使われているのである。光の明暗だけでなく、色を捉えるために。

附記1
写真に彩色することを「人着」といった。人着の写真は、自然さより、人工的な雰囲気が強いものが多い。文字通り、人工着色である。意識的に人工的に見せたというよりは、自然に見せることが難しかったのだろう。人着のあざとさを意識的に用いて華麗な彩色世界を作ったのが、ピエールとジルのカップルである。

附記2
exocamera-umoというサイトを参考にした。写真史というよりは、写真書史といった内容で興味深い。

投稿者 kmatsu : 2006年10月16日 22:43

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