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2006年2月 5日

単一民族神話の起源

「単一民族神話の起源」は小熊英二の最初の著作である。

「単一民族神話の起源」は464ページ、次の「<日本人>の境界」は792ページ、そして「<民主>と<愛国>」は968ページに達している。厚さを増すとともに、内容の熱さも増している。

本書は修士論文を元に1995年に出版された。後の著作で深掘りされるテーマの大半が、荒削りながらすでに提示されている。

以下に引用する箇所は、小熊英二の立ち位置と資質を明確に示しているだろう。

【だが、このように公然と帝国主義・軍国主義という言葉を使い、異民族は権力で支配しろといいきれるほど、ほとんどの国体論者は冷徹にも自覚的にもなれなかった。くりかえすが、天皇統治を権力支配でないと強弁するのが、国体論の根本である。たいがいの人間は、自分が悪をなしているという自覚のもとに断固として行動できるほど、強くもなければ自律的でもない。善をなしているという主観のもとにおいてのみ、人間は相手の痛みに対しかぎりなく無感覚に、無反省になれるのである。帝国内異民族の位置づけとしては、もっとソフトなものが必要であった。】(p.142)

(高群逸枝について)
【アナーキストの詩人がなぜ古代史研究に入ったのかは、一つの謎である。ただ一般論として、人は現在に疲れ絶望したとき、未来か過去に望みをかける。そして、この場合、未来と過去は不可分だ。なぜなら、未来を占うには現在がどのように形成されてきたか、すなわち過去を知らなくてはならない。そして往々にして、未来の改革は、過去に実在したとされる黄金時代の復古というかたちで行われる。フランス革命のジャコバン派が古代共和制の復活を夢み、明治維新が王政復古のスローガンのもと遂行され、あらゆる近代国民国家が太古からの正統性を唱えて建国し、共産主義さえもが原始共産制社会を想定したように。そして高群もまた、人為的道徳に束縛されない女性解放の理想像を、古代史のなかにみいだしていった。】(p.188)

投稿者 kmatsu : 2006年2月 5日 22:12

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