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2006年2月25日

花街 異空間の都市史

「花街 異空間の都市史」(加藤政洋、朝日選書)は、近代の都市が形成される過程で花街が大きな役割を果たしていたことを訴える。

花街というと遊郭を思い出す。井上章一の名著「愛の空間」でも、両者は截然と区画されていなかった。だが、本書の著者は両者は明確に分かれるという。娼妓を抱えるのが遊郭で、芸妓を抱えるのが花街である。両者が重なるケースは多く見られるが、本書の研究対象はあくまで花街であるという。

花街は、置屋、料亭、待合という三つの業種から構成され、いっぱんに三業と言われる。

著者の主張は、花街が都市形成の諸局面において町の発展をなす動因として利用された産業=場所であること、そして、それが都市の建設と土地の用途にまつわる人びとの政治的・経済的・社会的な思惑を反映しつつ創出された空間であること、につきる。花街は明治期以降の所産である。昭和初期にいたるまで、じつに全国600箇所に誕生したという。近世=江戸時代的な芸事の伝統を継承しつつも、近代特有の空間なのである。

本書はこうした過程を全国各地の事例から明らかにする。

花街は昭和前期から衰退し、現在では往事の姿はほとんど残っていない。この疑問については、終章でかんたんに触れられる。曰く、芸や遊興のシステムが、安直な遊興を求める風潮と乖離し、時代遅れとなってしまったと。

著者が終章で認めるとおり、本書は文献資料をベースとしており、そこに集まる男の証言は多少引用されるものの、そこにいた女の証言はほとんどない。そこが物足りない。過去の事物は、文献資料に記録されなければ、存在していたことすら留めることはできない。

自分の記憶を辿ってみる。1980年代まで山手線の沿線では五反田と大塚に「三業地」という地名が残っていた。また、渋谷の道玄坂(円山町)から神泉に向かう途中に三業会館という木造二階建ての建物があった。昼間、その建物から三味線の音が響いていた。今にして思えば、芸者の芸が伝承される習いの場だったのだろう。先日読んだ新聞記事によると、円山町には待合いがまだ2軒営業しているという。

投稿者 kmatsu : 2006年2月25日 21:57

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