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2006年2月18日
風呂釜交換
風呂釜が壊れた。何度操作しても火が点かない。
いま住んでいるところは築40年以上を経た集合住宅である。鉄筋コンクリート3階建て、階段部分が2つあって、階段を挟んで2戸が向かい合い、1つの階には4戸が収まっている。なつかしい作りだ。昭和30〜40年頃に企業や役所が用意した家族寮はだいたいこんな作りである。企業の寮は姿を消しつつあるが、役所の寮はまだまだ現役で活躍している。
この集合住宅、見かけだけでなく中身も昭和30年代である。フローリングや水回りは何度か手が入っているようだが、基本的な間取りや設備は変っていない。和室は3つあり、押し入れの奥行きは深い。もちろん、ガラス窓の内側には障子がある。リビングは板張りで、キッチンのシンク(流し)は小さく、調理台は狭い。これでも、建てられた頃は新しい暮らしぶりを実現するハードウェアだったのだろう。給与生活者の核家族をターゲットとした、いわゆる公団住宅の暮らしぶり。
いちばん古さを感じさせるのは風呂場である。
タイル張りの床に、ステンレス製の風呂桶と風呂釜がでんと置いてある。風呂桶は排水管に接続されておらず、栓を抜くと水は床にどっと流れる。40年前に住んでいた家の風呂場はたしかにこんな案配だった。風呂桶は木製で、床には木のスノコがあり、タライや椅子も木製だった。父親に頭を洗ってもらっている間ぎゅっと目を閉じていたことや、熱い湯に10数えるまで浸かっていたこと、そして父親が頭を洗うときの手荒な感触まで風呂場の記憶とともによみがえってくる。
結局、風呂釜は補修部品がなくて修理できず、新品に交換した。もちろん、風呂場の雰囲気は変わらない。
この集合住宅もそろそろ廃止が計画されているとも聞く。例によって古いものに愛着が湧くが、実際に生活してみると、40年の間にここで生活した人たちのことを想像せずにはいられない。最初のころの世帯主はとうに現役を引退している。その子供たちは、ちょうど自分そのものだ。核家族の先駆者たちは、どのように老年と中年を過ごしているのだろうか。
投稿者 kmatsu : 2006年2月18日 14:15
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コメント
そういう住宅、私も8年以上住んでました。
築年数も間取りも、まったく同じ。
もしかして、トイレの便器(和式)が床面から30cmぐらい高いところに設置してあったりしたして?(ホームセンターに行くと、その段差を利用して和式を洋式にチェンジする便座が、まだ売られていますよ。)
もしかして、浴室、トイレ、台所つまり水回りが、建物の北側に集中してたりして?コンクリ壁面は、冬場の結露がすごいので、カビ取りがタイヘン。
もしかして、屋上タンクと水道管の老朽化で、浄水器のフィルターがたちまち真っ茶色になったりして?(いくら流してもキレイな水にはならないので、飲用には、これまたホームセンターで天然水を大量に買い込むのが賢明です。)
それでも私は、ああいう住宅が、そんなに嫌いではなかったです。なぜでしょうねえ。
投稿者 ikeda : 2006年2月18日 21:59
トイレは、最初からかどうかは分からないけど洋式です。水回りは集中していますね。壁面にむき出しになった水道管には、ぶっとい凍結対策ジャケットが施されています。昔はずっと寒くて、家の中でも水道が凍ってしまったのでしょう。この地域の冬期の湿度は高いので、和室の北側の壁面にはもっこりとカビが生えてきます。元が緑色の京壁なのであまり目立ちませんが、体に悪そうです。幸運なことに、水道は濁っていません。3Fなので出が悪くて冬場のシャワーは寒いですが。というわけで、不具合コンペは五分五分で引き分けでしょうか。でも、たしかに住んでいるとそれほど嫌いではありません。古い暮らしを体が覚えているのです。
投稿者 kmatsu : 2006年2月18日 23:48