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2006年1月31日

湿度90パーセント

窓際に置いてある湿度計が、湿度90パーセントを示している。

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かつて関東で暮らしているとき、梅雨の真っ盛りでも湿度70パーセント以上の値を見たことはなかった。

もちろん、窓ガラスは結露でびしゃびしゃである。北側の壁には、カビが増えている。明らかに、カビくさい。先日の緑川酒造の麹カビの心地よい香りとは違って、体に悪そうである。

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2006年1月29日

緑川酒造を見学

小出の緑川酒造を見学した。

緑川酒造

小出は豪雪地帯である。幸運にも、本日は晴天に恵まれた。冬に一日中晴れわたるのはきわめて珍しいそうだ。
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醸造所では、麹室にまで入れてくださった。写真は、大吟醸用の麹である。
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発酵の途中の醪(もろみ)や、絞りたての原酒の味をみた。出荷する製品は、酒造米、酒母(酵母)、麹など原材料や発酵条件を変えて作った原酒をブレンドして作る。出荷製品の味は、社長を含め三人で決定するとのことだ。なお、緑川酒造では、原酒は一年間低音貯蔵庫で寝かせてきめ細で柔らかな酒にしている。

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酒造所見学の後は、小出の料理屋で宴会となった。「雪国の保存食=濃厚な味」という先入観とは裏腹の繊細な味わいの料理は、緑川との相性も素晴らしかった。土地の料理には土地の酒が合うという教えを実感した。

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2006年1月28日

原寸美術館

結城昌子の「画家の手もとに迫る 原寸美術館」(小学館)は、西洋名画の一部を原寸大で採録した画集である。

名画の一部を原寸で見せる趣向もさることながら、採録する部分を選択する目の確かさと、その部分に込められた画家の思いを忖度する達意の文章が素晴らしい。また、高度な印刷技術がキャンバスのマチエールを生々しく伝えている。

収められた中では、シスレーの「サン・ドニ島」が印象的だった。本書に収録された名だたる巨匠たちの中では(個人的には)馴染みのない画家である。だが、空、木々、湖水、を描きわける筆遣いと色遣いにはしばし目を奪われた。

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2006年1月22日

ちょっとお買い物

日曜日の朝、思い立って軽井沢のアウトレットに出かけた。

家人が、安くても安っぽくないカジュアル衣料品がほしいという。天気は快晴で、気分は爽快。軽い気持ちで出発した。

新潟→北陸道→長岡→上越道→高崎→上信越道→軽井沢の行程は290キロ弱だった。途中、湯沢などの豪雪地帯を通過したが、天気はよく、道路はすっかり除雪されていたので、快調に走行できた。
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復路は、軽井沢→上信越道→長野→上越→北陸道→長岡→新潟という経路を辿った。行程は290数キロで、往路と大差なし。高速料金は6000円でまったく同一だった。豪雪地帯では吹雪に遭遇し、北陸道に入ってからは積雪した路面で強烈な横風を食らって進路を乱され、冷や冷やした。また、途中数回、除雪車に先導されて徐行を余儀なくされた区間があった。

往路・復路の総行程は600キロ弱である。ちょっとした買い物のつもりが、大移動となった。高速料金とガソリン代を、アウトレットのディスカウント分で取り返したは思えないが、面白い小旅行だった。

投稿者 kmatsu : 23:48 | コメント (0) | トラックバック

2006年1月21日

本が崩れる

草森紳一の「随筆 本が崩れる」(文春新書)は、偏屈なジジイの好エッセイである。

タイトルの「本が崩れる」は、出版業界が衰退しているだの、好著が減っただの、装丁の質が落ちただのといった気の抜けたぼやきではなく、きわめて散文的な事実である。文字通り、積み上げた書物の山が崩れ落ちるのだ。

著者の住まいは、本であふれている。床に平積みした本の山が、最低限度の生活空間や仕事空間を除いて家中に充満している。本の山はときどき崩れ落ちる。著者の不注意で崩すこともあれば、自然に崩れることもある。ひとたび崩れ出すと、一つの山だけでなく他の山も連鎖して、ときには部屋中の本が崩れ落ちる。

こうなると、本と生きる生活は命がけである。枕元の本の山が著者を襲うこともあれば、風呂場の出入り口が塞って閉じこめられることもある。

読書家や愛書家ではこうはならない。著者はもの書きである。しかも、著者の執筆スタイルは、取材ではなく本をベースにする。自分の本を書くために、他人の本を必要とする。自分の本の内容を充実させようとする情熱が、家中を他人の本で充満させることになってしまう。生きるために本を集めているはずなのに、本のために生きているがごとき有様である。もちろん、著者は、これを嘆きもしなければ、誇りもしない。そこがいい。

草森紳一のほかの著作を読んだことはない。そういえば、「ナチスプロパガンダ 絶対の宣伝」という本の新聞広告を切り抜いて取っておいたことがある。30年近く前の頃のことである。

本書は、このような崩れ落ちる本の山との格闘から、少年の頃の野球や、喫煙習慣に話題が及ぶ。

いずれも、偏屈でありながら、飄々とした風情が好ましい。

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2006年1月15日

Sync! Sync! Sync!

以下の5つのアドレス帳とスケジュールのデータを同期させた。

携帯機器はこの通りである。内容は確かに一致している。
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だから、どうしたと言われると困るけれど、ささやかな達成感のためにだいぶ時間を費やした。

なお、携帯電話は「携帯sync」というソフトを使った。それ以外は、MacOSの標準機能である。

Palmのデータをマスターとするため、MacOSのAddress BookとiCalのデータをすべて消す必要があったが、これに一苦労した。以下のように実行する。

アドレスブック (AddressBook)のデータ消去、リセット
 ~/Library/Application Support/AddressBookを消去

カレンダー (iCal)のデータ消去、リセット
 ~/Library/Application Support/iCalを消去
 さらに、iSyncの環境設定で「同期の履歴をリセット」する。 (これを忘れると、復元されてしまう)

Palmを同期させるときは、PalmのConduit設定でenableしておく。

投稿者 kmatsu : 21:26 | コメント (4) | トラックバック

プラハ国立劇場「フィガロの結婚」

1月12日にプラハ国立劇場の「フィガロの結婚」を観た。

上演後、居酒屋のお座敷で飲み会が開催され、伯爵役のロマン・ヤナールさん、スザンナ役のマルティナ・ザドロさん、ケルビーノ役のカロリーナ・ベルコヴァーさんが参加した。出演者も、迎える日本の人々も、皆、気さくな人たちで、思い出に残る楽しい宴会となった。

席上、日本の歌を披露するということで「佐渡おけさ」を合唱し、さらに富山県出身者がお国の民謡を独唱で披露すると、三人の出演者たちがそれぞれ出身地の歌を披露してくれた。見事なベルカントの歌声が居酒屋のお座敷に朗々と響きわたった。

ところが、プラハ国立劇場というのにチェコの人は一人もおらず、それぞれ、スロバキア、ユーゴスラビア、クロアチアの出身だという。

ふと、「バルカン半島」という言葉が脳裏をよぎった。そこが戦場だったのは、ほんの10数年前のことである。社会主義国だったのも、20年も前のことではない。

追加(2006/1/17)
宴会の全員写真が掲載されています。

投稿者 kmatsu : 21:03 | コメント (0) | トラックバック

2006年1月 9日

雪と石油ストーブ

この三連休のうち、二日間は雪が降っていた。

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といっても、多くの被害が報じられている山間部の豪雪には遠く及ばない。外を出歩くのに多少不便を感じるくらいで、生活には支障を感じなかった。もちろん、支障をきたさないために、道路や電力などの生活基盤にはさまざまな対策がなされているのだろう。

二週間ほど前の停電はすごかった。現代の生活がいかに電気に依存しているかを思い知らされた一日だった。家庭やオフィスなどの電気機器はもちろん、屋外の交通信号までが機能しなくなった。さらに驚くのは、一般家庭で暖房が確保できなかったことである。オール電化を売り物にするマンションだけではない。一般家庭の暖房は、電力を必要とする灯油ファンヒーターが主流となっているのだ。

停電後数時間で、電気店やホームセンターの灯油ストーブが売り切れたという。

遅ればせながら、我が家も灯油ファンヒーターが故障したタイミングで、灯油ストーブを購入した。

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灯油ストーブから灯油ファンヒーターに切り替えたのは20年ほど前だったろうか。久しぶりに灯油ストーブを使ってみて、ファンヒーターに切り替えた理由を思い出した。灯油ストーブは、熱出力値はファンヒーターと変わらないが部屋が暖まるのに時間がかかり、外部には高熱の部分が露出して危険である。ひとことでいえば、ストーブは火がむき出しになっているのに対して、ファンヒーターは火を隠蔽して温風を吹き出すわけだ。

だが、今となっては火がむき出しになっている石油ストーブの美点も指摘できる。空気の温度を上げるだけでなく、輻射熱で身体やものを直接暖める。また、ヤカンや鍋を置いてじっくり加熱することもできる。何より、赤熱した燃焼塔が暖かさを感じさせる。すっかり、気に入ってしまった。

だが、一度覚えたファンヒーターのメリットも手放せない。修理の終わったファンヒータもふたたび稼働し、二頭立てで部屋を暖めている。

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2006年1月 5日

イヨボヤ会館

村上市のイヨボヤ会館は日本で最初の鮭の博物館である。
イヨボヤ会館

村上といえば、塩をすり込んでまるごと晒し干しした村上鮭で有名だ。村上ではたんに漁獲するだけでなく、江戸時代から増殖を心がけてきたという。イヨボヤ会館は、鮭が産卵のために遡行する三面川(みおもてがわ)の近くに建てられている。

館内の展示では地下の「三面川鮭観察自然館」が目を引く。三面川の分流をガラス窓からのぞき込み、遡行する鮭を直接観察できるようになっている。秋には産卵シーンにめぐり会うこともあるという。あいにく、この季節は産卵はおろか、泳ぐ姿も見あたらず、産卵を終えて絶命した鮭の骸が川底に沈んでいるばかりだった。自然の厳粛さを示してはいる。

命を終えた親から産み出された新しい命は、養殖のコーナーで見ることができる。

中で徐々に魚の姿となりつつある卵。目が見えている。それにしても、石狩鍋のイクラのような色だ。
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腹にイクラ部分をつけたままの稚魚。
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自然の厳粛さを感じた後は、食欲である。産卵された卵の内、成魚にまでたどりつくのは1000に3つだという。残りの997の命の内、どれだけが人間の胃袋に消えていくのだろうか。因業なものである。せめては、命の重さを感じながら、村上鮭やイクラを賞味しよう。

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2006年1月 3日

親鸞聖人立像

巨大仏である。
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「越後の里 親鸞聖人立像」という身の丈40メートルの巨大仏は、国道113号の傍らに無造作に立っている。このあたりは海岸に近いが、松林に阻まれて海は見えず、沿道には建物もほとんどない。荒涼とした風景に巨大仏が唐突に現れる。

宮田珠己の「晴れた日は巨大仏を見に」(1994年、白水社)という好著でも紹介されていた。

親鸞聖人立像

像内は頭部まで登ることができる。背面に明かり取りの窓が設けられているものの、一部に暗闇の箇所があり、洞窟探検の気分を味わえる。聖人の目には穴が開けられていて、鳥の侵入を防ぐためか、ステンレスのザルがはめ込まれている。
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てっぺんには、コンパクトな親鸞聖人像が安置されている。
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この巨大仏には大規模な温泉施設が併設されている。今回は入浴しなかったが、「泉質はきわめて個性的」と記す報告が多い。海が近く、油井が近く(新潟県は日本最大の採油量を誇る)、ヨード採取地が近い。成分は推して知るべしである。巨大仏にも温泉施設にも、訪れる客や関係者の姿が見えず、宗教的な情熱よりも、投げやりな雰囲気が感じられる。

前述の「晴れた日は巨大仏を見に」によると、巨大仏は昭和の終わりから平成の始めに建造されたものが多いという。企業だけでなく、宗教法人も投資意欲が旺盛だったのだ。

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2006年1月 2日

弥彦神社

元旦、初詣は、弥彦山の弥彦神社に詣でてみた。千年以上の歴史を持つ、由緒ただしいお社のようだ。お隣は競輪場である。神事と博奕との深い結びつきが現代でも残っていることが興味深い。

境内で面白い風景に遭遇した。こんな案配である。
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一見するとただの豪快な焚き火だが、よく見ると、スルメイカを竹の先につけて、それを炙っている。

スルメイカは竹とセットで販売されている。綿菓子やべっこう飴などの出店に並んでいる。
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スルメイカが焼き上がると、竹は焚き火の中に投げ込まれる。ときおり、それが爆ぜて、豪快な爆裂音を響かせている。

神事ではイカやアワビなどの生物(なまもの)を神官が奉じるが、一般の参詣者がスルメイカを焚き火で炙って食らうのは初めて見た。

投稿者 kmatsu : 18:14 | コメント (0) | トラックバック