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2005年1月29日

処刑電流

「処刑電流 エジソン、電流戦争と電気椅子の発明」(リチャード・モラン著、岩館葉子訳、みすず書房)を読んだ。「処刑電流」という題名はきわどいが、電気椅子の誕生の顛末を描く生真面目な研究書である。

電気椅子の誕生には、電力業界のライバル2社の対立が深く関わっていた。両社を率いるのは、発明王エジソンと、実業家のウェスチングハウスである。エジソンは直流を、ウェスチングハウスは交流を採用していた。現在の送電システムが交流を採用しているとおり、電気椅子が誕生する頃には交流の優位性が明らかになりつつあった。エジソンは、交流に負のイメージを与えるために、電気椅子に交流を採用させたという。

電気椅子によって最初に処刑された人物の、事件記録、裁判記録、そして処刑場面も詳細に紹介されている。

19世紀は、犯罪と刑罰のありようが変貌を遂げた時期であった。死刑は、お祭りの気分を伴った公開のイベントだったが、電気椅子が採用された時期から、非公開で執行されるようになった。ミシェル・フーコーの「監獄の誕生」が描くように、犯罪の重大さに応じて、刑罰としての拘束期間の長短が計量され、最高レベルの刑罰として死刑が位置付けられたのである。

なお、死刑の執行が、殺人以外のなにものでもないことが、つよく印象づけられる。死刑の廃止、死刑を前提とした捜査・裁判制度の改正など、世の議論はさまざまだが、まず、この一点だけは明確に意識しなければならない。

投稿者 kmatsu : 2005年1月29日 18:09

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コメント

悪趣味な話ですが、電気椅子に限って言えば、直流と交流とどっちが凄まじい結果を生むのでしょうか?直流の方がスゴいようなイメージを持っています。
件の書籍は未読ですが、最初の電気椅子による死刑執行はなかなか死んでくれずに何度もスイッチを入れたという記述をどこかで目にした記憶があります。

投稿者 公開する名前 : 2005年1月31日 09:24

直流と交流のどちらの効果が高いかは、この書物では紹介されていません。エジソンの策略通り、電気椅子には交流を使うことが法令で義務づけられたのです。エジソンのキャンペーンは、交流の方が直流より危険だ、というものでした。

エジソンって、子供向けの伝記では刻苦勉励の人として描かれますが、実際は強烈なプライドをもった商売人だったようです。

なお、最初の電気椅子処刑で何度も通電したことは、本書に描かれています。また、電気が生命を絶つメカニズムについても、いまだに定説がないそうです。定説を作るほど研究もされずに、ずっと「実用」の道具として電気椅子が使われてきたわけです。

投稿者 kmatsu : 2005年1月31日 21:37

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