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2003年12月31日
産地直売
Fuji FinePix F700の最初の作例である。
とても力強い産地直売である。道路の反対側にもびっしりと野菜の名前が掲示されていた。
最広角だが、タル型の歪みが見える。描写はしっかりしている。
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2003年12月30日
FinePix F700
FinePix F700を購入した。
初代IXY DIGITALを手に入れたのが2000年6月だったので、3年半ぶりの新しいデジタルカメラである。初代IXY DIGITALは、コンパクトでしっかりした造りが好ましくて長らく使ってきたが、画質はイマイチだった。200万画素という画素数に文句はないが、色傾向が偏っている上、コントラストが低い絵になることが多かったのである。
FinePix F700は、IXY DIGITALよりは大きいが十分に小型・軽量であり、ダイナミックレンジの広い撮像素子、絞り優先・シャッタースピード優先・マニュアルといった豊富な撮影モード、VGAで毎秒30コマの動画撮影、など、機能満載である。もちろん、大半は使わないだろうけど。
まずは画質を確認しよう。銀塩カメラと併用するのも面白いだろう。露出計に使えるかな。などなど、冬休みの楽しみができた。MONACO EZcolorはプリンタプロファイルがうまく作れないので、お休みである。
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2003年12月29日
日本の戦跡を見る
「日本の戦跡を見る」(安島太佳由著、岩波ジュニア新書)を読んだ。
日本国内に残る第二次世界大戦の戦跡の写真集である。戦跡から戦争の記憶を辿る趣向だ。だが、モノクロで捉えられた廃墟・遺構そのものが、趣向を離れた魅力を放ってしまっている。著者も、掩体壕(飛行機を爆撃から防護する構造物)には格別の愛着があることを漏らしている。
そういえば、通っていた中学・高校の裏山にも防空壕が設けられていた。裏山の中腹の入り口から暗闇を進んでいくと、唐突に学校のグラウンドに出て驚いたものだ。驚いたと言えば、こんなこともあった。何度目かの探検で壕内を進んでいると、懐中電灯で照らした壁面が動いているように見える。目を凝らしてみると、それは壁面を覆う無数のムカデであった。早々に引き返したことは言うまでもない。
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2003年12月28日
冬の夕方の光
拙宅のベランダである。
![]()
(Rolleiflex 3.5E, Plannar 75mm/f3.5, Velvia 100F)
光が長く柔らかい。冬は、日没前後に、近所の写真を撮り続けている。ちなみに、オリジナルはこれほど赤くない。MONACO EZcolorでカラーマネジメントの精進を積むことが課題だが、これはこれで記憶色として面白い。
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冬の昼の光
冬の欧州、というわけではなく、近くの町である。
![]()
(Rolleiflex 3.5E, Plannar 75mm/f3.5, Velvia 100F)
暗部がスカっとつぶれている。
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2003年12月27日
「死者に語る」
「死者に語る」(副田義也著、ちくま新書)を読んだ。
日本の葬儀における弔辞は、故人に話しかけるスタイルが一般的だという。「対故人型の弔辞は、生者と死者が歴史を共有することができる、歴史において対話を続けることができると約束している。私はそこに弔辞という文章作品のもっとも深い意味を読み取る」(p.224)というあたりが本書の主題だが、それ自体は面白くない。むしろ、「対故人型弔辞」に対する違和感の表明が執拗に繰り返されることに興味が湧く。著者が育ったプロテスタントの環境では、偶像崇拝の禁止から対故人型の弔辞をあってはならぬものとし、対会衆型の弔辞しか許さなかった。そのため、自分が弔辞を引き受けるときも対会衆型を貫いていた。そんな著者が、とくに縁の深かった人物の葬儀に際して、対会衆型では弔辞の原稿が書けず、対故人型に切り替えて筆が進んだ。そのとき、伝統的な日本文化の死者観が自分の内部に存在していることに気づいたのだという。そんな体験談を真剣に記しているあたりが山場である。
なお、裏表紙の著者紹介に「主題のとりかたは奔放、多様だが、手法はおおむね緻密、禁欲的、ときに情感を滲ませる。」とあって、褒めているのか貶しているのか分からなくて面白い。
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2003年12月24日
古本屋の楽しみ
古本屋は楽しい。数十年前の古書を繰るのも面白いが、10〜20年くらい前の書物を見るのは別の意味で面白い。この頃はこんな書き手がいた、この人はこんなことを言っていたというのを確認する、気恥ずかしさも伴った楽しみである。両者を分かつポイントは、当事者が存命であるか否かである。当事者が生きていれば、当事者にヒアリングが可能であるという(じっさいには敢行しないにせよ)事実だけでリアリティが強化される。もちろん、当事者が存命の間は、当事者にはばかって自由な物言いができないという事態も往々にしてありうるのだが。
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2003年12月23日
佐和九郎「現像の實際」
佐和九郎の「現像の實際」(アルス、1932年刊) という書物を近所の古本屋で購入した。
巻頭の自序が熱い。
「折角の労苦と、貴重なる時間を費やした撮影の結果は、その現像の適否により、或は酬ひられ、或は悲しむべき運命に陥ることは、公知の事実。随って、乾板フィルムの現像は、今日に至るまで、容易に極意をつかめない、甚だ難しい処理と看做されて居りました。
しかし、現像は、果たして困難なる処理であるか?
否! 否! 断じて否である。」(原文は正字)
著者の立場は終始一貫合理的である。乾板フィルム現像の目標は濃度を1対100程度の範囲に収めることであり、それは適切な露出を心がけていれば難しくないと主張する。そのため、フィルム膜面の銀塩粒子の顕微鏡写真やフィルムの濃度曲線などを援用するだけでなく、膨大な現像液処方データとその実施結果を掲載する。じつに700ページを越える大著である。
著者の佐和九郎なる人物に興味が湧く。自序の末尾には「黒澤研究所 佐和九郎」と記されている。いかにも「黒澤」をもじったペンネームくさい。また、奥付の検印には「黒澤志澄」なる印影が認められる。ウェブでざっと調べてみた。
この人物は、1935年から1950年代にかけて写真技術に関するさまざまな書物を著していた。ある記事には「酒井修一氏によれば、著者は本名黒沢志澄といい、銀座でタイプライター等を販売していたクロサワのオーナーであった。」とある。(http://www1.odn.ne.jp/~cdq67980/refe02.2.html) どうやら社長の道楽だったのだな、と推察できる。「銀座 クロサワ」で検索してみると、この会社はいまだに存続しているらしい。(http://www.kurosw.co.jp/profile/history.html)。なんだか嬉しくなる。
なお、銀塩モノクロの現像処理は基本的に70年前も今も大差なく、写真分野における光学技術と化学技術はこの時点で成熟していたことが実感される。とはいえ、ロールフィルムを両手にもって平皿(バット)の中の現像液に浸す方法が一般的だったなど、面白い事実も確認できた。もちろん、著者は「排斥すべき方法」と断じている。
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2003年12月22日
DIANE ARBUS REVELATIONS
Diane Arbusの "REVELATIONS"(SHIRMER/MOSEL) を読んだ。
写真集に評伝が併載されている。評伝は飛ばし読みなので、読んだというよりは、眺めたと言った方がいいだろう。総ページ数351ページ。10月にアムステルダムの近代美術館のショップで購入したが、スーツケースが一気に重くなった。
本書は"REVELATIONS"という巡回展示の開始に合わせて刊行されたらしい。今年10月のサンフランシスコに始まって、米国内4カ所とドイツ、イギリスを回り、最後のミネアポリスで幕を閉じるのは2006年の10月である。日本で開催されないのは残念だ。
ダイアン・アーバスの写真集は、ほとんど持っている。双子が表紙に収められた最初のもの、ムック、"MAGAZINE WORKS"、"UNTITLED"、そして本書である。重く、目を離せない写真ばかりだ。
重いと言えば、セバスチャン・サルガドの社会的な題材の写真を想起する人も多いだろう。だが、サルガドは、悲惨な題材を叙事詩的と評される美的なフォルムに封印する。それに対し、アーバスは生々しかったり、痛々しかったりするものをむき出しで提示する。アーバスを継承しているのは、スクウェアフォーマットのモノクロプリントで異形の人々を捉え続ける鬼海弘雄である。
なお、アーバスのプリントの大半はスクウェアフォーマットだが、ハッセルブラッドではなくマミヤの二眼レフCシリーズを愛用していたらしい。ほっとするエピソードである。
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2003年12月21日
MONACO EZcolor中間報告
MONACO EZcolorがなかなか使いこなせない。
モニターのキャリブレーションはうまくいっているようだ。MacOS X 10.2には、色管理プロファイルをチェックできるColorSyncユーティリティというプログラムが添付されている。このプラグラムで、新規に作成したモニタプロファイルを、以前目視で作成したものと比べると、色空間の大きさは微妙に違うが、形状はほぼ相似である。
だが、プリンタプロファイルの作成に難渋している。プリンタの標準プロファイルに比べて明らかに、色がずれたプロファイルができあがってしまう。色見本データを印刷し、それを色見本(IT8ターゲット)と一緒にスキャナで読み込み、できあがったイメージデータをEZcolorに入力する。プリンタで印刷するときも、スキャナで入力するときも、すべての色管理をオフにするよう指示されているが、そのあたりに問題があるのだろうか。悩みは深まる。
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2003年12月20日
波打つ手すり
どうしてこんな手すりをつけてしまったのだろう。
View image (Leica III, Industar 50mm/f3.5, Kodak Portra 400BW
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2003年12月19日
大名の日本地図
中嶋繁雄の「大名の日本地図」(文春新書・352)を読んでいる。
幕末に配置されていた全国280の大名家を紹介する。東北から関東までは全文を読んでいるが、ここからは飛ばし読みしようと思う。といっても、読んだ範囲でも十分に面白かった。
まず、幕藩体制の支配機構が明確に掴めた。幕府は、転封や改易といった強制力を行使して大名を支配するものの、領内については完全な自治に任されていた。藩は地縁的な単位としてもよく機能していた。明治政府は廃藩置県によって、地縁的な結合を破壊して中央集権的な国民国家を形成したが、これは、国民国家を単位とする世界システムの中で、自らを国民国家として組織することが国家生存のために要請されたためである。昨今は市町村合併が強制的に進められ、地方分権が声高に唱えられている。地方分権の究極の姿として幕藩体制を目指すことも可能である。地方分権は廃県置藩なのである。
また、その自治のありさまも参考となる。幕藩体制が長期化する中で多くの藩が財政危機に苦しんでいる。施策についても、救農、産業振興、教育強化など、重点の置き方は藩ごとにさまざまである。もちろん、無策のまま無為に過ごしたり、領民に過酷な税を強いるという選択肢もありうるのである。
投稿者 kmatsu : 23:55 | コメント (1) | トラックバック
2003年12月18日
MONACO EZcolor w/ OPTIX
MONACO SYSTEMSの"MONACO EZColor w/ OPTIX"を購入した。
カラーキャリブレーションのソフトウェアと、モニタ測色器のセット製品である。PCのモニタ、プリンタ、スキャナの発色を調整する。548ドルである。だからどうしたと言われても、説明が難しい製品だ。
米国の製造元のWebサイトで12月15日の晩にオーダーしたら、12月18日の昼に到着した。
さっそくモニタとプリンタを調整した。期待して印刷してみたら、以前より芳しくない。だからどうしたと言われたら、説明不可能である。次の週末にじっくりと調整してみることにしよう。
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2003年12月17日
英仏百年戦争
佐藤賢一の「英仏百年戦争」(集英社新書・216)を読んだ。
佐藤賢一によると、英仏百年戦争は史上最大級の事件だという。もともとは同じルーツを持つ領主同士の抗争に過ぎなかったが、長い戦いの中でそれぞれが現代に通じる意味における国家としての意識を高めていったというのだ。欧州の中で英仏両国だけがなぜ早くから国民国家を形成しえたのか疑問に思っていたが、氷解した。英仏は、百年戦争を戦ったゆえに英仏という国民国家となったのであり、また、それゆえにこの戦争は「英仏百年戦争」と呼ばれるのだ。面白い。
投稿者 kmatsu : 23:04 | コメント (0) | トラックバック
2003年12月16日
人体の不思議展
東京国際フォーラムで「人体の不思議展」を観た。
プラスティネーション(プラストミック)による人体標本の大規模展示を観るのはこれで三度目である。最初は1995年秋の国立科学博物館だった。今回の標本は中国で作成されたということで、体型や顔立ちに親しみが湧く。また、三度目でも、体の中の仕組みに見入ってしまう。
ちなみに、本場のドイツでは、医療教育目的というよりは装飾的な標本も増えているらしい。18世紀にオノーレ・フラゴナールという人物が死体で彫刻のような標本を製作しているが、装飾的なプラスティネーション標本は、ポーズなどの趣向がよく似ている。模倣か、材料の制約か、それとも奇怪な趣向の創造力には限りがあるのか。
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Rollei 35TE
10月にオランダのデルフトという町のカメラ屋でRollei 35TEを購入した。
ショーウィンドウには同じRollei 35TEが2台並んでいたが、なんでも前の所有者はこれでステレオ写真を撮っていたという。なるほど、Rollei 35シリーズなら2台並べるとちょうど左右の目の間隔である。
35TEはLEDによる露出計表示で、レンズはTessar40mm/f3.5。じつはSonnar40mm/f2.3付きの35Sを持っているが、写りがぱっとしない。ときおり見事な写真が撮れるのだが、ふだんは無限遠が出ていないようなボケボケぶり。というわけで、テッサー付きをぼんやりと探していたところでの遭遇で、即購入とあいなった。もちろん購入したのは1台だけで、ステレオコンビは涙の泣き別れである。