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2003年10月20日

情報を見せる技術

『「情報を見せる」技術 ビジュアルセンスがすぐに身につく』(中川佳子、光文社新書)を読んだ。

文書・スライドを作るときの、配色やレイアウトのハウツーだけど、自分の言葉で色を分類するあたりは面白いな。そういえば、パワーポイントのアニメーションってよほどのことがない限り使いませんね。

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2003年10月19日

経済大転換

金子勝の「経済大転換 −反デフレ・反バブルの政策学」を読んだ。

アメリカ型の経済政策をバブルからバブルをつなぐ経済と看破し、それに代わる身の丈に合った経済モデルを模索するというふれこみである。いつもながら、このオヤジの語りは暑苦しい。でも、つい読んでしまう。

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2003年10月18日

夏の終わり

夏の終わりの光と影である。

View image(KONICA HEXAR, HEXAR 35mm/f2.0, Fuji Venus 400)

雨が多かった今年の8月の終わりころ、唐突に訪れた晴天日だった。空気が澄んでいた。

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2003年10月17日

廃診療所

廃診療所である。

View image (KONICA HEXAR, HEXAR 35mm/f2.0, KODAK Portra B/W)

小学生のころ喘息持ちだったので毎週通っていた。プラスチックの注射器をもらったこともあったな。廃業して10年くらい。先生が亡くなって1年くらい経つ。

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2003年10月15日

撤去

ドリームランドモノレールの軌道撤去が始まっている。

ドリームランド駅はすでに解体されているらしい。大船駅近くの柏尾川でも、河川改修工事に合わせて一部が撤去された。 View image (KONICA HEXAR, Hexar 35mm/f2.0, Portra BW)

今月末には国道一号をまたぐ部分が撤去されるとのこと。大船の三大名物といえば、大船観音、松竹大船撮影所、ドリームランドモノレールだったが、最後まで残るのは大船観音のようだ。

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2003年10月14日

帝国を壊すために

アルンダティ・ロイの「帝国を壊すために」(岩波新書、本橋哲也訳)を読んだ。

米国などあらゆる非民主的で抑圧的な体制を帝国と規定し、帝国への徹底抗戦を訴える。岩波書店的な意味で良心的な語り手なのだろうが、感銘は薄い。体言止めや女性的な言い回しを過剰に採用した翻訳にも責がある。訳者の後書きには原文の雰気を伝えようとしたとあるが、日本語の文章では女性的な言い回しには違和感がある。

帝国といえば、ハート=ネグリの「帝国」は積ん読のままだったな。

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2003年10月13日

龍の棲む日本

「龍の棲む日本」(黒田日出男、岩波新書)を読んだ。

地図は客観的な世界記述ではなく記す者/見る者に共通の恣意的な世界認識を示す、などといった主張はことさらに言い立てるまでもなく常識といえるだろう。ジェレミー・ブラック「地図の政治学」(青土社、2001)などといった書物もあった。伊能忠敬の測量は確かに画期的だが、正確な縮尺で記された地図がそれまで必要とされかったことも事実なのである。

中世の地図では日本列島は龍で囲われていた。本書は、ここから当時の人々が日本列島をどう認識していたかを提示する。蒙古襲来のインパクトや龍に守られた国土といった話題も面白いが、なにより龍に囲まれた日本列島という図像そのものが興味深かった。

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2003年10月12日

Walkabout with TENAX II

ツァイスイコンのテナックスというカメラを携えて散歩に出かけた。

View image

1937年に作られたレンズ(カールツァイス・ゾナー40mm/f2)には、年齢の近い被写体がふさわしいようだ。

投稿者 kmatsu : 22:48 | コメント (0) | トラックバック

2003年10月11日

怒りの日

ドライヤーの「怒りの日」を観た。

本作は初見。「奇跡」や「ゲアトルーズ」に連なる重要な作品である。見事な映画っぷりに感動するばかり。

ドライヤーの作品を観たのは二十年以上前だが、観た場所を覚えている。「裁かるるジャンヌ」と「吸血鬼」は渋谷のユーロスペース、「奇跡」はアテネフランセ文化センター、「ゲアトルーズ」は法政大学(シアターゼロ)だった

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吸血鬼

カール・ドライヤーの「吸血鬼」を観た。

いろいろな人が熱く語っているのでそれに付言することはあまりないけど、気づいたことをいくつか。

無声映画の語り口。セリフが少なく、物語は無声映画と同様にスポークンタイトルだけで提示されている。会話は物語の叙述にほとんど寄与していない。音楽や効果音と同レベルの音声として不気味な雰囲気を盛り上げることに専念している。

無声映画といえば、この作品はトーキー(音声付き映画)であるにもかかわらず、人間が動く場面の大半は無声映画のコマ数で撮影されているようだ。無声映画時代は毎秒18コマだったが、トーキーでは音質を改善するため毎秒24コマに引き上げられた。そのため、この映画の人間の動きはコマ落としのように加速されている。これがまた白日夢の効果を高めている。

長身で神経質そうな顔をした主人公は嶋田久作の線を細くした感じである。吸血鬼の手先の医者は常田富士男だな。

「裁かるるジャンヌ」では火刑に処せられたジャンヌ・ダルクの肉体が崩れるところまで描写していたが、本作でも医者が粉挽き小屋で粉に埋もれて絶命するところまで描いている。このあたりは趣味が悪くて共感できる。

本作は独・仏・英の三カ国版が製作された。セリフのあるシーンは各言語で三回撮影したそうだ。これは当時の欧州映画では一般的だったとか。今回の上映プリントはドイツ語版で、最後に検閲で修正された2つのシーンのオリジナルがフランス語版から収録されている。ちなみに、修正されたのは吸血鬼に杭を打ち込むシーンと、医者が粉に埋もれるところである。

20年前に観たプリントはフランス語版だったが、最後の場面で画面と音が15秒くらいずれて、しかも音声が英語になるという、へんてこな代物だった。画質もひどかった。今回の上映プリントは、製作直後の状態には及ばないだろうが、ずっとましだった。

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2003年10月 9日

「不自由」論

仲正昌樹の『「不自由」論』(ちくま新書)を読んだ。

サブタイトルは『「何でも自己決定」の限界』である。最終章の「効率性を重視する「新自由主義」の経済思想と「自己決定」論とは親和性がある」というあたりは腹に落ちた。

投稿者 kmatsu : 23:36 | コメント (2) | トラックバック

2003年10月 7日

カール・ドライヤー

カール・テオ・ドライヤーは「聖なる映画作家」と称されるデンマークの映画監督である。日本で正式に公開されたのは「奇跡」という作品だけだが、「裁かるるジャンヌ」、「吸血鬼」、「ゲアトルード」などはシネマテークの定番であった。

この月から「ドライヤー映画祭」が開催され、朝日ホール、フィルムセンター、ユーロスペースで全作品が上映される。さすがに全作品に通う情熱はないが、未見の「怒りの日」や、悲惨なプリントでしか観たことのない「吸血鬼」と「ゲアトルード」は観ておこうと思う。朝日ホールの時間指定の前売り券も購入した。

ところで、この上映会を紹介する新聞記事の見出しを見た家人のひとこと。「カール・ドライヤーって髪をカールさせるドライヤー?」

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会社はこれからどうなるのか

岩井克人の「会社はこれからどうなるのか」を読んだ。

法人がモノとヒトの二重の性格を持つという前半のくだりは面白く読めたが、後半は「資本主義は差異に基づく」という以前からの主張のバリエーションである。原理的に思考することを売り物にする人の主張は、原理を表す単純な一文に収斂する。したがって、原理に近づくための論述や、原理の応用で芸を見せなければならない。この二十年間に著作は四冊だけど、ちょっと物足りないかな。読み手の勝手な感想である。

投稿者 kmatsu : 23:42 | コメント (0) | トラックバック